ホームシアターで一番楽しみたいと思うのはまず映画でしょう。初めてホームシアターを作ろうとしたときに悩むのが映画の音に合わせると音楽を楽しめないのではないか、別の再生機器を用意しなければならないのかという疑問です。そこで、それぞれのジャンルの音がどのように作られているか知ることで見慣れた(聴き慣れた)作品に対して新たな発見があるかもしれません。

映画の音

映画の音は数十から100トラックに及ぶ様々な音素材から作られています。殆どの音は撮影現場で録音された音ではなく、後からスタジオで収録された音となっています。足音やクラッシュする音、監獄の扉の開閉音など全てがスタジオで収録された音です。このような効果音を製作する人を「FoleyArtist(フォーリーーティスト)」と呼び、映画製作の中で重要な役割を担っています。台詞は、ロケ現場で収録しますが、周囲の環境によりそのままでは使えない場合もあります。このようなときには「アテレコ」であとから別録りの台詞をはめていきます。この他、バックの音楽などを収録し、最後にこれらの音をまとめ上げて一つの作品に仕上げています。

ゴミ捨て場ではありません 靴音の収録

Foley スタジオ

映画館で聴く映画の音は迫力があり大きなスクリーンと相まって一つひとつのシーンを盛り上げています。映画館での音響は家庭と違い、完全にコントロールされた環境で再生されます。暗騒音や残響時間、壁面からの反射音、客席での周波数特性など一定の基準を満たすように作られています。また、平均的な再生音圧は85dBと非常に高いレベルを想定しています。このため、爆発音などの大音量から、衣擦れの細やかな音まで漏らさずに再生できます。映画館での再生基準はそのまま、製作現場であるダビングステージに適用されます。ダビングステージでの最終ミックスは映画館と同等の環境でおこなわれるため、完成された作品は、基準を満たした映画館であれば世界中どこでも同じクオリティでの再生が可能となります。しかし、家庭での再生では、音圧が65dB程度といわれています。また、暗騒音も映画館に比べると大きな値となっています。このため、小さな音から大きな音までのダイナミックレンジが十分に取れないことや、再生する機器が多岐に渡ることを想定して、DVDやブルーレイではダイナミックレンジを圧縮し、小さな音から大きな音まで家庭環境で十分に楽しめるように再編集をしています。

映画フィルムのサウンドトラック

映画の音は品質がよくないと思われている人々も多くいます。確かに、20年ぐらい前までは、映画の音声は「サウンドトラック」と呼ばれる光学記録の音声トラックに記録されていたため、周波数帯域や歪み、雑音など決して満足できる状態ではありませんでした。1990年以降、音声をデジタル記録する方式が登場するとこれらの特性は飛躍的に改善されていきます。それと同時に、製作現場でもデジタルによる編集が行われるようになり、マスター音源の品質はCDを遙かに上回る96kHz/24bitで製作されるようになっていきます。DVDの時代には容量が十分でなく、マスター音源の品質を届けることは出来ませんでしたが、ブルーレイの時代となった今は、マスター音源に相当する音を聴くことが可能となりました。映画館でも大きな変化が起こりつつあります。「デジタルシネマ」の採用です。音楽配信などと同様に、フィルムを配給するのではなく、デジタルデータとして各館に配信し、それをハードディスクに蓄え再生するシステムです。これによりフィルムで制限されていたことから解放されより高音質での再生が可能となっています。このため、映画館をオペラやスポーツなどのライブ中継で使う試みも行われています。

放送の音

放送では他のジャンルに比べて非常に多種多様な音声を扱います。マイク1本で済む街頭インタビューから総計200chに及ぶゴルフ中継など収録する素材に応じたマイクの選定、録音のノウハウが要求されます。また、映画や音楽と大きく異なるところで放送には送出という最終信号を電波に載せる工程があることです。最終ミックスで適切なレベルに調整されていても、電波に載せる変調の段階でクリップしてしまうことがあります。放送では一瞬でも音が歪むことや途切れることを「事故」として恐れていますので、音質を取るか、安全をとるかといったことで制作担当と送出担当との間でいつもギリギリの調整が行われています。

サラウンド番組製作スタジオ

放送の音質といったときに、満足な音質が作られていないというイメージがあります。確かにテレビ受像器から出る音はたかだか数センチ口径のスピーカーから再生されるため満足できる音質ではありません。しかし、最近の放送の製作環境は大きく進歩して市中のポストプロダクションスタジオと比べても引けを取らないほど充実してきています。これは、番組の2次利用が進み、放送だけでなくパッケージとしての利用も想定した作りをする必要があるためです。また、放送では多彩なジャンルの番組を扱うためモニタースピーカーにはどのような場合でも適切なバランス判断ができることが求められ、各局とも「基準モニタースピーカー」を定めています。このように放送の製作現場は大きく進歩し、音質は非常に向上していますのでホームシアターを楽しむソースとして十分に活用できます。デジタル放送の特徴の一つである5.1サラウンド放送は年間1400本に及ぶ放送がされており、音楽や映画以外にもスポーツやドキュメント、ドラマなどを楽しむことができます。是非、ホームシアター機器と接続してその高音質を楽しみたいものです。このときに注意しなければならないのが、TVのデジタル音声出力を「自動」または「AAC」にしてサラウンドの出力が行われるようにすることです。通常はAACをPCM変換したステレオ出力となっていますので効果が今ひとつと思われている方は確認してみて下さい。

 デジタル放送では音声のチャンネルを複数同時に送信できますので、放送局によっては、サラウンドの音声と、ステレオの音声をそれぞれ最適にミックスし送信している場合があります。TVやレコーダーの音声を主音声、副音声で切り替えることで、お手持ちの機器に合った音声を選択することも可能となっています。サラウンド音声はTV側でも自動でステレオにダウンミックできますが、台詞が聞き取りにくいなどバランスが崩れる場合もありますので、複数の音声を送信する配慮は喜ばしいことです。

音楽の音

音楽のサラウンドサウンドというとホームシアターとは馴染まないのではという疑問がありますが、音楽作品にもホームシアターを生かせるものが多数ありますのでその豊かな表現に触れてみて下さい

クラシックはアンビエントが中心でサラウンドのメリットがあまり感じられないと思われがちです。しかし、サラウンドサウンドでなければ聴けない曲があります。ベルリオーズのレクイエムは「バンダ」と呼ばれる客席に演奏者を配置する形態で有名ですね。マーラーの交響曲でも空間表現するためステージ外への配置がされているとの解釈がされている場合があります。ビバルディにも2群のオーケストラのための曲があり、二つのオーケストラがソリストや指揮者を挟んで演奏されます。極めつけはタリスの「40声部のためのモテット」です。5声部8群のコーラスが聴衆を囲み40の旋律を歌う曲です。ある時はソロである時は40の声部が一斉に聴衆を取り囲み奏でる様はサラウンドでなければ味わえない世界です。これらの音楽はブルーレイやSACD、DVD-Audioなどのディスクで提供されていますので体験してみて下さい。

音楽のサラウンドには幾つかの収録方法があります。

音楽サラウンドのサウンドデザイン

 1)の収録方法ではメインマイクロホンと呼ばれる、オーケストラなどの演奏者全体を捕らえるマイクアレンジを中心に収録します。メインマイクロホンのアレンジには「フカダツリー」や「デッカツリー」「INA5」などいろいろな方式が使われます。補助マイクとして、各楽器を取るためのスポットマイク、さらに、会場のアンビエンスを収録する「ハマサキツリー」などを使いコンサートホールの雰囲気を再現しています。

 2)では、楽器ごとに録音し、ミックスの段階で5.1チャンネルのそれぞれに振り分け音楽空間を創造していきます。この録音では、「サウンドデザイン」という概念が非常に重要となり、音楽の内容に応じた楽器配置や音の繋がり、アンビエンスの付け方などイメージを明確にして製作が進められます。

様々なメインマイク アンビエント収録マイクの例

ホールでの収録

 3)は、演奏者はステージ、聴衆は客席といった明確な関係ではなく、自由な方向を向いて聴くことが可能な録音方法です。このような作品では、作曲の段階から最終的な音の再生イメージを楽曲に盛り込み、空間表現の作品として仕上げていきます。作曲家の富田勲氏の作品はこのような効果を狙った作曲が行われています。

音楽作品はともすればコンサート会場のイメージで聴くことが一般的と思われており2chステレオで十分と考えがちです。しかし、ここで紹介しましたように、新たな表現として、また、空間を意識した演奏形態など様々な作品があります。このような世界に触れられるのもホームシアターそしてサラウンドサウンドならではかもしれません。