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2024autumn
USBアクセサリー開発への想い
楽音倶楽部 山﨑雅弘
私はパナソニックで長年オーディオ機器の設計に従事し、2019年に退職後、それまでに温めてきたアイデアを具現化するために起業し、みんなで⾳を楽しもうという想いで「楽音倶楽部」(らくおん くらぶ)という屋号にしました。この度は、USBアクセサリーの開発の背景を紹介すると共に、私の開発に対する想いなどを語らせていただきたいと思います。
USBアクセサリー開発の背景
安全規格の一つであるEMC規格の対応、すなわち不要輻射の対策を検討していると、それに伴って音質が大きく変わることを度々経験してきました。オーディオの周波数帯域は、最近ではハイレゾ音源対応のために100kHz程度まで広がっていますが、一方でEMC規格ではMHz帯からGHz帯までの電磁波を管理するものであり、桁違いな帯域の話ですから、一見関係しないものとイメージされることと思います。
しかし、この対策に伴って音が変わるということは、そういう帯域の電磁波が現実に音質に影響を与えていることを意味します。EMCの対策で音が良くなるケースもあれば悪くなるケースもあります。傾向として、アナログあるいはデジタルの音声信号そのものにEMC対策を施すと、音質は劣化する場合が多いのですが、音声信号以外にEMC対策を施すと、音質は良化する場合が多い傾向にありました。
電流が流れると電磁波が発生します。電流の流れ方により、電磁波の様子は変わってくるものです。昨今のオーディオ機器においては、昔のアナログ中心のオーディオ機器と比較して、デジタル信号由来の高周波ノイズが多く発生しています。これがいわゆる電磁波の主な原因と言ってもいいのですが、この高周波ノイズがオーディオ回路の電源ラインやGNDに入り込むことがあり、結果、音声信号にノイズが乗って、すなわち音質に影響を与えるというメカニズムが存在します。
こういった経験を踏まえて、高周波ノイズに作用するようなアクセサリーが、今後オーディオ機器には必要になってくるのではないかと私は考えました。
USBアクセサリー開発について
まずは、2013年にパナソニックが発売したDIGA(ブルーレイディスクレコーダー)DMR-BZT9600の同梱品として製品化されたUSBアクセサリーの開発経緯から述べたいと思います。当時、私はUSB-HDDに記録された番組の再生音質の評価をしていましたが、機器のフロントUSB端子とリアUSB端子とで、音の違いがあることに気が付きました。フロントとリアで、どうして音が変わるのか?何で?という率直な疑問と好奇心から、「USBパワーコンディショナー」は生まれることになりました。USB端子はDC5Vを接続機器に供給する仕様になっているのですが、フロントとリアのUSB端子では、そのDC5VとGNDのノイズの状態が違っていたのです。
未接続のUSB端子では、機器内部のDC5Vが露出していることになりますので、このDC5VとGNDを利用して機器内部の高周波ノイズを吸い取り、音を良くしよう考えたのでした。さあ、思い立ったら、まず行動してみる!作ってみる!それが私の鉄則です。手持ちのUSBケーブルを切断してコンデンサーを取り付けたものを用意しました(写真:USBアクセサリーの原器)。
いざ試聴すると自分自身でも驚きました。非常に簡単なモノでありながら、音が面白いほど変わる。使うコンデンサーの種類によってもまた音色が変わる。とにかく面白い!この試作品を何人かに聴いてもらったところ、総じて好意的な意見が多く、製品化を後押しする意見も返ってきました。仮説に自信を持つと共に、製品化して多くのユーザーに楽しんでもらいたいと思うに至ったのでした。
上長に提案すると、その音の違いにびっくりして、その場で「製品化しよう!」とすぐに決まり、当時開発中だったDIGAの高級機に同梱されることになりました。こうして「USBパワーコンディショナー」の開発が始まりました。
量産に向けてブラッシュアップを図るべく色々と検討しました。様々なメーカーとタイプのコンデンサーを試した中で、双信電機製のマイカコンデンサが私のイメージにピッタリだったのですが、シリーズ、耐圧、容量等でも音が大きく異なるので、双信電機からサンプルを更に取り寄せて試聴を丹念にくり返し、製品に採用するコンデンサーの仕様を決定しました。また、製品では抵抗とコンデンサーの直列のフィルターを採用し、これにより高域と低域のバランスがよくなり、低域にも適度な締りが出てきました。こうして抵抗の値も試聴を繰り返しながら、最終的な値を決定しました。
USBアクセサリーの単品製品「SH-UPX01」の開発について
USBアクセサリーの開発途上で更に思い付いたのが、ノイズを落とす方式によって音色が変わる、音を良くするだけでなく、機器の音色を変えて音を楽しめる!一つの機器で色々な音色を楽しめるのは面白い!ということです。アナログレコード全盛の時代に、カートリッジを交換して音の雰囲気の変化を楽しんだように、デジタル機器でもそういう楽しみ方があるのではないかと。しかし、DIGAの同梱品を発売した際も、様々なバリエーションを製作して提案をしたのですが、残念ながら製品化には至りませんでした。
左側はテクニクス製品として販売された「かえとりっじ」(1986年頃)、
右側はUSBパワーコンディショナーのバリエーションとして提案した
「USBかえとりっじ」(製品化には至らず)
パナソニックはその後、2017年に単品製品としてSH-UPX01を発売しました。それまでの間、アングラに開発を継続し、部品レベルでは、双信電機製の最高級マイカSEコンデンサーを使って3年掛かりで仕上げていきました。
ここで、私の想いを記しておきたいと思います。オーディオは科学である。ただ、最終的には測定データではなく、人間の脳(聴覚)で判断しているため、まだまだ解析出来ていないことが多い。だから面白い。好奇心をもって、色々実験してみる。自分が腑に落ちるまで繰り返しやる。音を良くするには音を面白がることが第一歩!
実は、こちらの製品化の際にも「USBかえとりっじ」への想いがあって、当初は2種類を提案しました。双信電機製のマイカSEコンデンサーとアムトランス製のオイルコンデンサーです。それぞれのコンデンサーの音色に個性があり、どちらも魅力的でした。製品化が決定する前に、私は複数の評論家の方々に意見を伺いました。意見は別れました。オイルコンデンサーを支持する方も多かったのですが、結果的には、製品化はケースの大きさ等も考慮して、双信電機製のマイカSEコンデンサーで製品化することになりました。
楽音倶楽部の起業後について
2020年に楽音倶楽部を起業し、アクセサリーの開発製作を始めました。試作品が株式会社ユキムの社長の目に留まり、協業がスタートしました。YUKIMU SUPER AUDIO ACCESSORY(ユキム スーパーオーディオアクサリー)ブランドで、「PNA-RCA01」、「PNA-USB01」を製品化しました。最も重要なポリシーは、電磁波影響にも有利な非磁性部品で構成することです。それぞれ外装ケースも含めてきめ細かな配慮をして、音には妥協しない設計をしました。
当初やりたかった「USBかえとりっじ」構想は、自身のブランド楽音倶楽部のUSB KITで実現することにしました。私がアクセサリーを試作して面白がっている体験を、是非色々な人にも体験してもらい、楽しんでもらいたい。そんな想いで企画しています。
以下がUSB KITの構成です。
- 非磁性USB端子
- 基板(厚みT=1.6)
- 抵抗 アムトランスAMRT 33Ω
- コンデンサー LCR社スチコン 220PF
- 銀入り半田
- 電磁波吸収素材パルシャット
- 樹脂ケース(3Dプリンターで製作)
ここから抵抗やコンデンサーの部品を交換すれば、音の雰囲気は色々と変化して面白いものとなります。試作例は楽音倶楽部のホームページに掲載しました。ケースは3Dプリンターで製作していますが、そのデータも公開を予定しています。3Dプリンターを持っている人は、色々な材料でケースを作製することが可能になります。プリンターに使う樹脂の材料でも、音は変化するので面白いと思います。
最後に
純粋な好奇心から始まったUSBアクセサリーの開発も、色々と発展させることが出来ました。今後はこれらで得られた知見を基に、ヘッドホン端子やLAN端子、HDMI端子などを対象に、様々なアプローチをしていきたいと考えています。
ものづくりは面白い!作ってみて、初めて分かることも多く、試行錯誤を繰り返して、その中で新しい発見や驚きも多くあるのが面白く、そして楽しいのです。仕事であれ、趣味であれ、自分の好きなこと、面白いこと、興味のもてることを探しあてて、寝食を忘れてとことん楽しんでやる。創意工夫が生まれてみんなが面白がるものが生まれる。オーディオは科学であり、加えられた変化に確実に反応してくれます。みんなで楽しんで音をよくしていきましょう。
これからも、色々なことに好奇心をもって、チャレンジしていきたいと考えています。「楽音倶楽部」という屋号に込めた想いの如く、みんなで⾳を楽しみましょう!
執筆者プロフィール
- 山﨑雅弘(やまさき まさひろ)
1977年、松下電器産業(株)入社。以降、一貫してテクニクスブランドを含むオーディオ機器の電気回路設計、LD/DVD/BDディスクプレーヤーの音声回路設計に従事。回路技術、低ノイズ化などのアイデアで高音質化を推進。
2019年に退職し、2020年に「楽音(らくおん)倶楽部」を起業。低ノイズ化を基本とする高音質化の研究を継続し、オリジナルオーディオアクセサリー製品の開発・製造等を行う。
https://www.rakuon-club.com/