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JASジャーナル目次
2024autumn
原音となる波形にほとんど影響を及ぼさない非磁性体ノイズ抑制材「PULSHUT」
エム・エーライフマテリアルズ株式会社
技術本部 技術2部 高機能材料2チーム 課長 日下部純一
資材営業本部 資材営業部 工業資材課 課長 山本講平株式会社小柳出電気商会 商品開発部 原田智博
概要
ノイズ抑制シートは、電子機器における電磁ノイズを解決する為の便利なツールとして、よく用いられている。非磁性体ノイズ抑制シート「PULSHUT(パルシャット)」は不織布を基材としたノイズ抑制シートであり、非常に薄くて軽い為、小型・軽量化が進んでいる電子機器に適し、フレキシブル性にも優れ、複雑形状部にも使用できる。更に、従来の磁界ノイズ問題だけではなく、電界ノイズに対しても、高い効果を発揮する。不織布の構造改良に加え金属加工の条件調整を重ねていくことで、当初狙っていたシールド特性よりも吸収特性で優位性が発現することを見出し、鋭意開発を重ね最終製品化に至った。PULSHUT開発の背景から特長までをエム・エーライフマテリアルズの日下部、山本が、オーディオ・ケーブルにおけるノイズ抑制材について以降はオヤイデ電気の原田が記す。
PULSHUT開発の背景
近年、電子機器業界の目覚しい発展により、機器の高性能化が急速に進んでいる。一方で、それに伴った電磁ノイズの問題も増加している。非磁性体ノイズ抑制シートPULSHUTは、電磁ノイズ対策部品の一つである。電子機器内部のノイズ発生源にPULSHUTを直接貼り付ける事により、電磁ノイズ問題を解消する事ができる。
電磁波は電界成分、磁界成分の2つの成分から成り立っている。ノイズ抑制シートとしてよく知られているのは、磁性体を樹脂中へ分散させたシート、いわゆる磁性シートであるが、この磁性シートは磁性体の磁気損失作用により、磁界成分を熱に変える。一方のPULSHUTは磁性体を全く使用しておらず、後述する構造を活用して発現する抵抗損失により電界成分をより効率的に熱に変える事ができる。PULSHUTはこれまでに無い電解成分を変換する性質のノイズ抑制シートである為、現在ノイズ抑制シートが用いられている用途だけでなく、磁性シートが使用されていない用途にも展開出来る可能性があり、これからのノイズ対策において革新的な部材になると考えている。
PULSHUTの特長
PULSHUTは、エム・エーライフマテリアルズが開発した非磁性ノイズ抑制シートである。不織布を基材とする事で、従来の磁性シートとは全く異なる特性を持った革新的な材料である。従来の磁性シートは「固く・重く・柔軟性に欠ける」素材であったが、PULSHUTは「軽く・薄く・柔軟性を持つ」という特性を有している。また電磁波ノイズ吸収性能としては、特にGHz帯(高周波数帯)を幅広く吸収するという性能を有しており、主に産業用電子機器や一般電子機器に搭載されているが、オーディオに対してもS/N比改善等の効果がある。
PULSHUTは三層構造の不織布を基材とし、基材の表面に特殊な金属加工を施している。金属加工を施す事で表面に導電性が生じる為、絶縁を取る為の保護層としてフィルムを貼り合わせている。三層構造の不織布は、極細繊維層を一般的な繊維径の層で挟み込んだ構成となっており、繊維径や繊維量を設計することで、PULSHUTの基材に適した素材として完成させている。耐熱性や安定性に優れるこの三層構造をポリエステルで不織布化する技術は、世界で唯一エム・エーライフマテリアルズだけが有している。
電磁波を吸収するメカニズムは、不織布表面に加工された金属層がノイズをキャッチし、不織布と金属層が相互的に作用して生み出した抵抗がノイズの電気エネルギーを熱エネルギーに変換する事で、ノイズのエネルギーを損失させている。即ち、構造そのものがノイズを吸収する為に最適化されている。
一般的なアルミ材は平滑性のある導電材料である為、フィルム等に金属材料層を形成させた時と同じ表面状態にある。その為、電磁波の反射が強くなり、電磁波の吸収が阻害される。一方、PULSHUTは独自の三層構造上に金属材料層を形成している為、電磁波の吸収が阻害されないという特長を有する。
上述した通り、PULSHUTは高周波数帯を広帯域に吸収する性能を持つが、特に2GHz以上の周波数帯では伝送ノイズを30-40dB程度吸収する特性を有している。(±0dBが何も吸収していない状態)
PULSHUTの保護層をPPフィルムにした製品「PULSHUT MU」の音響データを以下に示す。Harmonic distortion analysisでは20kHzまでのノイズレベルを広帯域に抑制することでS/N比を改善できたというデータが取れている。一方で、Pink noise analysisによる音圧バランスに影響する計測結果では波形にほとんど影響を及ぼさないという結果が確認できている。
PULSHUTの特長とは、エム・エーライフマテリアルズが世界で唯一有する不織布製造技術と、最適化された加工技術によって、広帯域における電磁波吸収性能を初めて発現する事ができるところにある。
オーディオ・ケーブルにおけるノイズ抑制材について
オヤイデ電気は、オーディオ・ケーブルにおけるノイズ対策を非常に重要視している。1980年台から好評いただいているオヤイデ電気の代名詞的な電源ケーブル「L/i50」は、4芯スターカッド構造による輻射ノイズの抑制を目的とした日本初のオーディオ用電源ケーブルである。
その後はマンガン系電磁波吸収材の開発を経て、2009年にはセンダスト合金系金属扁平粉を使用した磁性体ノイズ抑制材「MWAシリーズ」をラインナップする等、時代の移り変わりに応じて優れたマテリアルを常に探し求めていた。特に近年においてはオーディオソースの質や機器の性能の進歩によってS/N比が向上し、従来は音色の一部として気付かなかったノイズが気になるようになってきたことが挙げられる。また、デジタル機器の発展に伴い、機器の小型化やスイッチング電源(ACアダプター等)の一般化によって、今まで以上にノイズ対策による音質改善が見込めるようになった。
そんな中に登場した素材がPULSHUTだった。原音となる波形にほとんど影響を及ぼさないPULSHUTは、まさに現代のオーディオ環境において最適なノイズ抑制材の一つであると考え、PULSHUTを用いた商品の企画を進めるに至った。
NRF-005T/NRF-005Lについて
PULSHUTは電界ノイズの抑制に対して高い効果を得ることができる反面、確実なノイズ抑制効果を得るためには高度な設計が必要という認識だった。「PULSHUT MU」に対する高調波歪み分析の結果からTHD+Nに効果があることは理解しているものの、コンシューマーにPULSHUTの効果を実感していただくためには適切な使用方法を案内する必要があると考えていた。
しかし、我々がそんな心配をするまでもなく、結果は明らかだった。オヤイデ電気のオーディオ試聴室のケーブルのコネクタ付近に数回巻き付けただけで……音楽の表情を変えず、空間表現や位相バランスを崩すボトルネックとしてノイズが顕在していたと認識することができたのだ。しかもケーブルのみならず、アンプやレコードプレイヤーなど、あらゆる機器において同様の音質改善効果を感じることができた。原音となる波形にほとんど影響を及ぼさず、ノイズ成分だけを抑制できるという体験は過去に例が無く、その唯一無二の性能により多くのオーディオファイルに感動を届けることができると確信した。
そして2022年11月、オヤイデ電気はPULSHUTを手軽に体験できるパッケージとして「NRF-005T」の発売に至る。
NRF-005Tをインスタントかつ効果的に使う方法として「ケーブルへの巻き付け」が挙げられる。ケーブル全長に渡って巻き付ける方法も効果的だが、フェライトコアのようにコネクタ周辺のケーブル外周に数回巻き付けるだけでもノイズ抑制効果を体感できる。高度な設計が必要なシチュエーションとは異なり、『ケーブルに巻き付けるだけ』で効果を実感できる手軽さから、オーディオ・ケーブルメーカーがPULSHUTを取り扱うシナジーが生まれたのだ。
具体的な活用方法については、オヤイデ電気が発信するブログにて紹介されているので興味のある方は併せて参考にしていたただきたい。
https://oyaideshop.blogspot.com/2024/07/blog-post_18.html
テープ状の「NRF-005T」が大変ご好評いただいたので、「シート状も発売して欲しい」というお客様の声にお応えし、現在はA4シートタイプの「NRF-005L」も展開している。お客様の環境に合わせて活用いただけると幸いである。
まとめ
PULSHUTという革新的な技術は2つの気付きを与えてくれた。一つは「THD+Nを抑制した時の音質変化ベクトル」、もう一つは「ノイズを抑制する=音質向上とは言い切れない」ということだ。
それはPULSHUTが原音となる波形にほとんど影響を及ぼさないという特性から、バックグラウンドに残留しているノイズ成分も音楽の一部として受け入れていたという事実を認識することができたからだ。ノイズは音色をマスキングし、原音となる波形を阻害する成分としてボトルネックになっているが、時には音の隙間を埋める要素になったり、時には音楽に彩りを加える要素になったり、個々の好みによってはノイズを抑制することが必ずしも善とは言えなくなったのである。これは製品を市場に流通させ、お客様自身で試行錯誤していただき、そのフィードバックが無ければ気付けなかったポイントだ。
NRF-005シリーズ登場以前にもオーディオ市場において既存のPULSHUT採用品は登場していたが、なぜ市場ではあまり受け入れられなかったのか?それは必要以上にPULSHUTの使用量を増やしてしまったせいで、「ノイズを抑制する=音質向上とは言い切れない」という性質が強く反映された結果だと想定される。過剰な対策は諸刃の剣となりかねないのだ。その点、NRF-005シリーズは使用者の好みに応じて適切な量や場所を調整することができる。ユーザー自身が適材適所にノイズ対策を施し、その唯一無二の性能を体感していただくことで、ようやく市場に受け入れられたと言えるだろう。
オーディオ・ケーブルというアナログ機材は100%ピュアな伝送が不可能であるからこそ、そこで発生する電気的な減衰や物理特性が音質として現れる。ノイズは自然発生的な要素であり、ノイズ抑制材は音質調整の一部として活用することが重要であると再認識した。これらの経験を踏まえ、PULSHUTを用いた新製品やケーブルの開発が進んでいる。過度にノイズを抑制するのではなく、ノイズ設計まで含めてオーディオ製品として組み立てていく重要性を理解し、魅力的な製品開発に精進していきたいと思う。
執筆者プロフィール
- 日下部純一(くさかべ じゅんいち)
大学では高分子工学を専攻し、2009年に旭化成入社。以降15年間、現在まで不織布の商品開発を担当。2023年10月からはエム・エーライフマテリアルズに出向し、資材チームリーダーとしてPULSHUTを担当。趣味は剣道とキャンプ。
- 山本講平(やまもと こうへい)
大学院では化学工学を専攻し、2008年に旭化成入社。2008年から2016年までメルトブローン不織布の生産技術及び商品開発に従事。2022年まで上市したフィルター製品の技術営業を担当。2023年10月からは三井化学との合弁会社エム・エーライフマテリアルズにてスパンボンド不織布(工業資材用途)営業課長としてPULSHUTを担当。趣味はプレミアリーグ観戦とお酒。
- 原田智博(はらだ ともひろ)
2013年、株式会社小柳出電気商会入社。2014年に秋葉原直営店・店長に就任。店舗運営を推進していく傍ら、自社製品の開発・設計にも携わっていく。2021年からは本社へ異動し、現在は営業・開発に従事。趣味はギター、旅行、スパイスカレー作り。