2024autumn

仮想アースは基準でしかない!
~安定した基準は装置安定稼働をもたらす~

株式会社光城精工 電源事業部 取締役部長 土岐泰義

概要

昨今オーディオコンシューマー界で話題にのぼる「仮想アース」。パワーワードとしか言いようがないネーミングですが、それがゆえに「眉唾もの?」と疑念や不信の目で見られているところがあるようです。本執筆では大地アースとはそもそもどんなことなのか、一方、仮想アースはどんな原理、理論で成り立つのか、またその有効性、可能性についてご紹介します。

※大地アース:大地に接地すること、あるいはその様を表しています。

1. はじめに

オーディオ装置やシステムに限らず、各種電気・電子機器の安定稼働や、ノイズ対策の一環として大地アースを利用することがあります。戸建てや高層ビルの建築において、当初より大地アースを意識した環境づくりに取り組んでおくことで、比較的スムーズな利用が可能になりますが、後の接地工事は手間や費用が発生します。ことオーディオ機材を対象にした場合、ノイズ云々のほかに音質的要素も含まれ難題になります。また、接地工事をしたくとも環境や状況がそれを許さない場合があります。

「あ~、何か大地アースの代わりになるようなものはないのだろうか…」

10年ほど前でしょうか。オーディオ市場に「仮想アース」という製品が登場します。まさに「大地アースの代用的なもの!」というふれこみだったと思います。ゆえに「仮想アース」と命名されたのかもしれません。しかし、当の「仮想アース」に関する文献や理論的なものはほぼ存在しません。どんな理屈だろう?と考えますが、興味はあるもののエンジニアとしてどうしても理解できず、腑に落ちませんでした。いわば「仮想アース」という存在を否定する側にいたわけです。

そんなあるとき「金属の粉体」というワードが降りてきます。期待が一気に膨らみ否定的なポジションから一転して肯定側に回ります。なんとも天邪鬼な自分ですが、どうにかして世の中に紹介したいと思うようになります。

2. そもそも大地アースする目的はなんだろう?

仮想アースについてお話しする前に、今一度大地アースについて話しておきます。

大地アースの目的は大きく二つあります。

  1. ①保護接地
    漏電や感電対策を目的とした保護接地で、電気保安上義務付けられています。世間一般で知られる接地はこれに該当します。
    対象物には洗濯機、エアコン、電子レンジ、冷蔵庫などがあり、主に水回りや湿気の多い場所で利用される機器です。
  2. ②電気的機能接地
    装置や回路の安定動作を目的に、大地を基準(電位)として利用する電気的機能接地です。これは法的に義務付けられていません。
    対象物は①で義務づけられているもの以外であれば何でもと言えるでしょう。
    大地は地球上で最も大きい物体です。導電性もあり安定したものとされています。このことから、装置や回路を接地して大地を基準にすることがあります。
    電気的機能接地は、あくまでも基準としての利用であり、それ以上でもそれ以下でもありません。

■あぁ、勘違い

特に②においては同じエンジニアでも認識や理解に違いがあるようです。かくある私もそうだったのですが、大地アースの目的は「ノイズ抑制」のためという誤解でした。決して嘘ではありませんが、これは大地アースした際の結果であって、電気的機能接地の本来の目的ではないのです。ノイズがアースに流れ、減るというのは副産物的な結果なのです。

繰り返しますが、電気的機能接地の目的は、あくまでも基準としての利用であり、それ以上でもそれ以下でもありません。このことをしっかり飲み込んでおくことが、以降の説明を理解するうえでとても重要になります。

3. 基準が基準であるために

少々過激な発言にとられるかもしれませんが、大地を電気的機能接地(基準)として利用する場合、本来は大地に電気を流してはいけません。「えぇ~!?」と思われるかもしれませんが、導体としてみることができる大地も抵抗がゼロなわけではありません。大地に電気が流れると大地の抵抗成分によって電圧に変換されます。電気が流れさえしなければゼロボルト(基準)を維持できるのですが、ほんの少しでも流れれば電圧が発生します。

つまり、基準にしたはずの大地が、電気が流れることで変化してしまうわけです。基準が基準であるためには変化しては困るのです。しかし実際には流れてしまい、その結果がノイズ抑制の一役を担っているというわけです。

4. 大地が基準になれる理由

コップに水が一杯注がれた状態を基準としましょう。このコップに更に水を注ぎます。当然水位は上がるので基準は変化します。


図① 変化する基準としない基準

次にバケツに水が注がれた状態を基準としましょう。このバケツに先ほどと同じ量の水を注ぎます。どうでしょう?実際は変化しているはずですが、見た目の変化は感じません。先述したとおり大地は地球上で最も大きい物体です。ここに多少電気が流れても、大地という代物に大きな影響はないのです。

これは基準になるものが広大で大きな受け皿となっているためであり、多少の外的要因があろうが、特に影響はないということを意味しています。これが大地を基準として使える理由になります。

5. 基準がしっかりしていることのメリット

では基準がしっかりしているとどんなメリットがあるのでしょうか?

建物や家屋を例にしてみましょう。建造物は概ね基礎(鉄筋やコンクリートで固められた土台)の上に建っています。地震や大雨による地盤の緩みなどの災害が起きたとき、基礎の状態によって建造物への影響が大きいことは想像に容易いと思います。基礎が貧弱だった場合、地盤の緩みや揺れとともに建造物は傾き、ときには倒壊してしまいます。逆に基礎が重厚でどっしりしていれば、多少の揺れや地盤の緩みが発生してもびくともしません。

装置や回路の基準も同様です。貧弱な基準は回路や装置の動作不安定を誘発します。基準となるものがしっかりしていれば、回路も装置も正確に動作してくれ、本来のポテンシャル又はそれ以上のポテンシャルを発揮してくれるわけです。

※それ以上のポテンシャル:もともと大地アースを想定していない装置の場合、その状態で正常動作できるよう設計、特性評価されています。基準とするものにしっかりしたものを準備できれば、メーカー計測による性能以上のものを引き出してくれる可能性があります。

6. 大地アースしたくともできないものがある

「大地アースすることで装置や回路の安定稼働につながるなら、是非ともそうしたい」「そうするべき」という考えが生まれます。しかし世の中には大地アースしたくともできないものがあります。例えば飛行機、ロケット、人工衛星、自動車、モバイル製品(スマホ、タブレット、デジタルオーディオプレーヤー他)です。いちいち大地アースしていたのでは使い物になりません。では、これらは一体何を基準に安定稼働させているのでしょうか?


図② 移動体は大地アースできない

飛行機やロケットには空を飛ぶためのメカニカルな機構やエンジンのほか、制御、通信といった様々な装置ユニットや電気・電子回路が組み込まれています。この飛行機の中で最も頼れる基準と言えば何になるでしょうか?

そう、機体です!しかも大きくて物性的に安定している金属製です。車はボディ!スマホは筐体!より身近なところに基準になり得る物体があるのですから、それを利用しない手はないわけです。したがって、これら「大地アースしたくともできないもの」は、より身近で安定したものに接地することになります。

7. 大地アースしたくともできない状況や環境がある

「うん、大地アースしたくてもできないものがあることは理解した」「でも(大地アース)できるものはやってみたい…」オーディオに携わっている方なら少なからずそのように思う方はいらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、よくよく考えると簡単ではないことが見えてきます。

「うちはマンション(アパート)住まいだ、そもそも接地工事なんてできやしない」「うちは一戸建てだけど、今更接地工事するには時間も費用もかかるなぁ~」「洗濯機やエアコン用のアース端子があるから、それに接続することはできるけど、かえって(ノイズの影響を受けて)音が悪くなるって言うしなぁ~」「う~ん、いったいどうすれば…」

このように大地アースしたくても、それを阻む住宅事情や状況、環境があったりします。

■大地は本当に安定しているのか

少し脱線しますが、仮に大地アース可能な状況や環境にあっても、以下の点について考慮すべきです。

「大地は地球上で最も大きい物体!安定した頼れる基準」と言いました。実際そのとおりなのですが、大地をスポット的に見たらどうでしょう!大地は粘土質で水分が多く、電気を通しやすい土壌もあれば、岩だらけ石だらけで水はけが良く、カラッカラで電気を通しにくい場所もあります。極端に言うと「湿地 vs 砂漠」です。こうしたバラツキのある土壌に電流が流れれば、当然基準として利用したはずの大地も電位変動が発生することになります。

ここで話したいのは、大地に接地するにしても電気が通りやすい土壌にあるのか否か、十分に吟味してもらいたいということです。決して大地アースを否定するものではありません。なんと言っても地球上で一番大きい物体ですから、条件さえそろえば最強と言えるのではないでしょうか。

8. オーディオ機材の基準

少し的を絞っていきたいと思います。

オーディオ機材は大地アースが義務付けられていません。大概は大地アースすることなく使用されていると思います。それでも一般的な環境であれば問題なく正常に稼働してくれます。では一体、皆さんが普段使用しているオーディオ機材の基準はどうなっているのでしょうか?

当然ですがオーディオ機材の中には電気・電子回路が組み込まれています。回路を安定動作させるためには、やはり基準がしっかりしていなければなりません。回路の基準は回路GNDと呼ばれ、自分含めエンジニアはこのGNDパターンやレイアウト、面積確保に神経を注ぎ、可能な限り広くしようとします。これは事前のノイズ対策でもあるからです。

しかし、装置サイズや基板サイズによる物理的制約から、回路GNDの広大化には限界があります。多層基板で面積拡大という手法もありますが、予算や原価的なことも考慮しなければなりません。エンジニアはどこかで折り合いをつけることになります。そうしたときに頼れる基準が、飛行機などと同様より身近にあるフレーム(筐体)になります。こうして回路GNDは安定した筐体に接続され、それを基準とすることになります。

※メーカーの設計思想や独自の回路構成により、全ての製品が筐体を基準にしているとは限りません。ここで述べているのは、一般的な処置方法として筐体を基準として接続するものと理解願います。


図④ オーディオ機材の基準

加えて据え置き型のオーディオ機材は、頼れる大地アースを基準とすることが可能です。この行為こそが冒頭で述べた「電気的機能接地」に該当します。

かくしてオーディオ機材は大地アースの恩恵を受けることができるのです。できるのですが、「7. 大地アースしたくともできない状況や環境がある」の理由で簡単ではないのです。

9. 大地の代用となる基準に求めるもの

「6. 大地アースしたくともできないものがある」で、飛行機やロケットは身近で安定した機体(筐体)を基準にしていると言いました。言い換えると、基準となり得るものが大きくて安定しているものであれば、必ずしも基準が大地である必要はないと言えます。

では大地に代用できるものを考えようとしたとき、基準に求めるものはどんなものになるのでしょうか?

① 表面積が広くあってほしい

実際のところオーディオにおけるノイズは、高周波成分を多分に含んだものとなっています。導体に交流信号が流れるとき話題になるのが「表皮効果」です。高周波は導体の表面を流れるという特性を持っており、質量(容積)より表面積が広ければ用をなします。どんなに分厚い(太い)導体を持ってきても、中心部分が役目をなさないのであれば、さして意味はないのです。導体の表面積を広くとることで高周波インピーダンスは低減され、仮に(ノイズ)電流が流れても安定した基準でいれます。


図⑤ 導体の表皮効果

② 導電性があってほしい

基準として安定しているためには、導電性の高いもの(電気を流しやすいもの)が望まれます。そういった意味では金属が好ましいと言えますが、オーディオの場合、単に導電性が高いからといって音質的に好ましいとは言えません。素材選びはメーカーの腕が試されるところでしょう。

③ 周囲環境に影響されにくいものであってほしい

何度も言ってきましたが、大地は地球上で最も大きい物体です。ゆえに安定しているとも言ってきました。しかし先述のとおり大地をスポット的に見た場合、決して安定している土壌ばかりではありませんでした。

また、大地は外的要因(天候、落雷、地殻変動)でもその環境が刻々と変化しています。当然導電性も変わっていることでしょう。理想とする基準は、基準であるために不変的であってほしいのです。

10. KOJO TECHNOLOGYの仮想アース

KOJO TECHNOLOGYの仮想アースは、前項の内容を基盤にし、薄い異金属プレートの積層やサンドブラスト加工、エッチング処理されたコンデンサの電極表面、多孔質活性炭技術などを利用しています。いずれも広大な導体表面積を確保し、高周波インピーダンスを低減するための図りごとです。これらは物性的にも安定しています。ましてや使用するのは家屋内の限られた空間です。よって周囲環境からも影響を受けにくいものとなっています。このように必要十分な導体表面積を確保することで、必ずしも大地アースせずとも電気的機能接地(基準)の役割を担うのが弊社仮想アースです。


図⑥ 異金属プレートのサンドブラスト加工

11. 仮想アースで代用できないこと

仮想アースはあくまでも「電気的機能接地(基準)」を目的とするものであり、大地の代用と言ってもできないことがあります。

① 保護接地

保護接地は装置や回路が漏電した時、強制的に大地に電気を逃がすものです。仮想アースは大地に接続されていませんので逃げ場がありません。

② 静電気対策

オーディオ機材などに帯電した、いわゆる静電気には効果が望めません。保護接地同様、大地に接地し、帯電しないよう電気を逃がす必要があります。なお、仮想アースの利用と併せて大地アースしている場合、仮想アースによる効果ではありませんが、保護接地も静電気対策も有効になります。

※帯電しないよう電気を逃がす:大地アースすることでオーディオ機材は0V電位になりますが、人が帯電している状態において機材に触れると放電します。

③ ノイズ減衰効果

好条件下における大地アースによって達成されるだろうノイズ減衰量に比較し、その効果は及ばないでしょう。なお、ノイズ減衰効果が高い一方で、大地(基準)が電位変動する可能性が高まります。それは基準が基準でなくなることを意味します。

ここまで大地アースの目的や、大地アースをしたくともできないものがある、あるいはしたくともできない状況や環境がある中で、仮想アースという存在があり、大地アース(電気的機能接地)の代用として、利用可能であることを説明してきました。

しかし、冒頭の「■あぁ、勘違い」で述べた「ノイズ抑制」という副産物的結果に対し、仮想アースを利用した場合、どのような結果が見込まれるのか触れられていません。上述の③で少し解説されていますが、ここからはそれらについて少し掘り下げてみたいと思います。

12. 電位差があるところに電気は流れる(浮遊容量の形成)

回路理論からすると電気が流れるためには必ず回路は閉じていなければなりません。例えば白熱球を点灯/消灯する回路が存在したとき、スイッチをONにすることで電気が流れ電球は点灯します。この状態のことを閉回路が形成されていると言います。次にOFFにすることで電気は流れなくなり電球は消灯します。このように閉回路が形成されると電気が流れ、開くと電気は流れません。

しかしこの回路、スイッチが開いているときスイッチの接点部分には電位差ができています。


図⑧ 浮遊容量の形成

電位差が発生するところには目に見えないコンデンサ(浮遊容量)が必ず形成されます。コンデンサは高周波に対してインピーダンスが低いという特性を持っています。すなわち見た目は閉回路になっていなくても、高周波的にはつながっており電流は流れています。正確には漏れていると言った方が良いかもしれません。とは言え電球は点灯しません。これは電球が点灯するほどの電流が流れないためです。それだけ漏れている電流は微弱であると言えます。

なぜこのような話をしたかというと「3.基準が基準であるために」で、大地を基準として利用する場合、大地に電気を流してはいけない旨を話しておきながら、実際には流れてしまうと言っていました。つまりどこかに閉回路が形成されているということになります。

12.1. オーディオ機材の基準を大地にした場合の閉回路

オーディオ機材を大地アースした場合、次のような形で閉回路が形成されます。


図⑨ オーディオ機材の基準を大地にした場合の閉回路

オーディオ機材のフレームからアース線が大地に接続されます。大地は導電性がありますので、柱上トランスから垂れ下がるアース線とつながります。このアース線はトランスの2次側になる中性点と接続されています。俗に言うN極(ニュートラルライン)です。柱上トランスから電力線が2本(100V系)ないし3本(200V系)出力され、電力計、分電盤を経由して各部屋のコンセントに接続されています。オーディオ機材はこのコンセントから電源を得ることになり、オーディオ機材に回帰します。しかしオーディオ機材のフレームに接続されたアースラインは、オーディオ機材の入力のニュートラルラインで寸止めになっています。

結果、アースラインの閉回路は形成されていないように思えますが、先述のように電位差があるところに浮遊容量が発生します。高周波成分を多分に含んだノイズは、この浮遊容量を通じてフレームと高周波的に接続され閉回路が形成されます。このような仕組みでノイズは大地へと流れ込みノイズ減衰効果をもたらします。

※電気保安上の関係からニュートラルラインをフレームGNDに接続することはありません。

■積極的なノイズ抑制

大地アースすることで副産物的に発生したノイズ減衰効果ですが、これを積極的に利用したのが、コモンモードノイズ対策として利用されるラインバイパスコンデンサ(Yコンデンサ)です。

※各電源ラインとアース間に積極的にコンデンサを実装することで、コモンモードノイズ成分をアースに逃がす部品です。主にノイズ発生量の多いスイッチング電源に利用され、このときYコンデンサに流れる電流を漏れ電流と言います。一般的にYコンデンサを大容量化することはノイズ抑制につながりますが、同時に漏れ電流が大きくなり感電の危険性が高まります。このことから一般電子機器の漏洩電流は大きくても1~3mA程度に抑えられています。

12.2. オーディオ機材の基準を仮想アースとした場合の閉回路

では上述のオーディオ機材を大地アースせず、仮想アースに接続した場合はどのようになるのでしょうか?

大地含めアースラインはコンセントのニュートラルラインとつながっているだけで、他との接続は一切ありません。オーディオ機材も宙に浮いています。これも一見、閉回路には見えませんが、先ほどと同じように電位差あるところには浮遊容量が発生しますので、高周波的には閉じていることになります。ただ大地への直接的な接続(大地アース)と違い、オーディオ機材自体が大地から浮いているため、大地アースほどの(ノイズ)電流は流れません。こんなことで大地アースの代用になりえるのでしょうか。


図⑩ オーディオ機材の基準を仮想アースにした場合の閉回路

13. 今一度思いだそう!

私が口を酸っぱくして言ってきたことを思い出してください。

「電気的機能接地は、あくまでも基準としての利用であり、それ以上でもそれ以下でもありません」を!

つまり仮想アースにオーディオ機材のフレームGNDや回路GNDを接続する目的は、ノイズを仮想アースに流すのではなく、基準として利用しているだけなので、流れていただく必要は一切ないのです。前述の理由から仮想アースに流れ込む電流はわずかです。仮想アースは高周波インピーダンスが低くなるよう作られているため、基準としての変動が少なくて済むことになります。

基準が安定していることの利点は「5. 基準がしっかりしていることのメリット」で説明したとおりです。仮想アースはこのように基準としてのメリットを十分に引き出すことができ、大地アースの電気的機能接地(基準)の代用として、大いに有効なものになりえます。

改めて繰り返します。電気的機能接地はノイズを吸収したり流し込んだりすることが目的ではありません。大地に電気的機能接地をした結果、高周波的な閉回路が形成され、ノイズがアースに流れ込んだにしか過ぎないのです。このことがいつしか大きく取り上げられるようになり「大地アース=ノイズ減衰」となったのだと思います。

14. 仮想アースに対する疑念(よくある質問)

おまけ的な内容で恐縮ですが、弊社仮想アースを展開する中、疑念や疑問を抱いて問い合わせや質問を頂くことがありましたので少し説明しておきます。

14.1. 仮想アースでオーディオ装置の電位は下がる?

仮想アースを利用することで「オーディオ機材の電位が下がるのか?」という考えがめぐります。そもそも大地アースすることでオーディオ機材やシステムの基準は大地になります。そこで、それら機材やシステムが大地と同じ電位(ゼロボルト)になっているか確認するため、大地とオーディオ機材(フレームGND)間にテスターをあてがい計測します。理想的にはゼロボルトになりますね。

一方、基準を仮想アースとする場合ですが、この場合は仮想アースとフレームGND間の電圧をテスターで計測することになります。当然ゼロボルトです。

ここで皆さんは「何故仮想アース又はフレームGNDと大地アース間の電圧を計測しないの?」となるかもしれませんが、大切なのは基準にしたものに対して電位差があるかないかです。基準を仮想アースにしたのであれば、仮想アースとフレームGND間を計測しなければなりません。

ここに対しても勘違いが働いていると思うのですが、オーディオ機材の電位をゼロボルトに下げることが目的ではなく、基準にしたものと同じ電位にするのが目的なのです。
仮想アースを基準にしたのにも関わらず、大地を基準にして計測したのでは意味がないのです。実際計測すると仮想アース含めオーディオ機材やシステムは大地から浮いているので電位は存在しますし、ほとんど下がる(大地電位に近づく)ことはないでしょう。

14.2. 仮想アースはノイズの温床?

不用意に引き回された長いアース線はアンテナ作用をもたらし、ノイズを受信したり放射したりすることになりかねません。これは安定した大地相手でも同様です。昨今はスイッチング電源やデジタル処理の高速(高周波)化が進み、長く引き伸ばされたアース線のインピーダンス(特にインダクタンス成分)により、ノイズ電流によるアース線の電圧変動が大きくなるようになってきています。同様に大地の電位も変動するようになります。

更に、普段から空中を様々な電波が飛び交っているわけですから、アース線を取り付けていない状況でさえ何らかの影響は受けていると言ってよいでしょう。そういった意味では、使用するアース線や仮想アース含むオーディオ機材のフレームなどの素材は、高周波ノイズの影響を受けにくい低インピーダンス素材(仕様)であることが望まれます。

弊社は仮想アースを展開するにあたり「遠くのアースより近くのアース」と謳っています。せっかくしっかりした基準があっても遠くにあったのでは、その効能を得られないばかりか、逆効果となる可能性が潜んでいること付け加えておきます。

15. 仮想アースの可能性について

弊社仮想アースはボックス型、スティック型、コンセントプラグ型の3タイプがラインアップされています。いずれも装置外部から働きかけるものですが、小型化が進みモデルによってはサッカーフィールド一面分を保有するものまで誕生しています。

今後は装置内蔵型の製品も展開していく予定で、内部に仮想アースを組み込むことで基準となる回路GNDやフレームGNDが強化されるほか、やりようによってはシールド効果も高めることが可能になってきます。


図⑪ KOJO TECHNOLOGYの仮想アース
(左からBOX型:Crystal E-G/スティック型:Crystal Ep-Gシリーズ/コンセントプラグ型:Crystal Eop-G)

16. 最後に

冒頭で述べましたが、私は仮想アースというものの存在を知っていましたが、疑いの目でしか見ていませんでした。大地アースせずに仮想アースでノイズが低減する?仮想アースに(装置を)接続したからと言って、閉回路にもなってないのにノイズは何処に行っちゃうの?仮想アースが吸収?消費?溜め込む?そんなことありえん!と…。

最初から間違っていたのです。仮想アースはノイズを吸収するようなものではなく、ただの基準だったのですから!

また「金属の粉体」というワードが突然降りてきたと言っていましたが、粉体という言葉を聞いたときイメージしたのが球体でした。球体は同じ容積を持つものであれば、物理的形状を持つものの中で最も表面積が大きいものになります。これが何千、何万、何億個と集まれば、ものすごい表面積になる!と思いました。しかも金属です。導電性があるではありませんか。弊社仮想アースはここにヒントを受け、ひたすら表面積を拡大することを考えることになったわけです。

アースは電気学術的にも複雑で、わかっているようで理解しきれていない奇々怪々なところがあります。互いに影響し合ったり変化し合ったりするパラメータも実に多いです。それがゆえに理解しがたく懐疑的なものへとなりがちですが、本執筆内容が少しでも皆様のお役に立てることを願っております。

これまでの説明が如何ほどのエンジニアに届くものか不明ですが、もしご理解、ご納得いただけたなら幸いです。また、今回この機会を与えてくださった日本オーディオ協会様にお礼申し上げますとともに、これを機に仮想アースなるものが多くの方々に認知され、スタンダードなものになっていくことを願っております。

参考文献

執筆者プロフィール

土岐泰義(とき やすのり)
株式会社光城精工 電源事業部 取締役部長
1968年生まれ。㈶半導体研究振興会 半導体研究所(現閉所)にて、Mr.半導体と言われた故西澤潤一博士に師事。2年間研究生としてパワーデバイスの応用技術に従事。後にパワーデバイスを応用した無停電電源装置やクリーン電源、スイッチング電源等を製品化。三十余年のエンジニア生活を経て、現在は製品企画やプロモーションほか、製品デザイン、個装デザインまで手掛けるマルチ対応型取締役部長。