2024spring

臨場感あふれる収音を実現する
イマーシブオーディオマイクロホン「BP3600」

株式会社オーディオテクニカ マーケティング部
プロダクトマネジメント課 プロフェッショナルプロダクトグループ
松井徳子

概要

BP3600は8つのマイクロホンカプセルで360度の音場を捉え、リアルタイムで臨場感溢れるサウンドを提供するアナログマイクロホンです。軽量かつポータブルな設計で、簡単なセットアップが可能です。スタジオ録音からライブイベントまで、多様なシーンに適応します。ユニークな形状は、高品質な収音性能を最大化するための工夫の結果です。この革新的なマイクロホンが、どのような企画背景から生まれたのか、ご紹介します。

【BP3600製品ページ】
https://www.audio-technica.co.jp/proaudio/product/BP3600

1. 開発の経緯

当社のマイクロホンは放送市場、とくにMotoGPをはじめとする国内外のスポーツ中継の現場で幅広く使用いただいております。サウンドクリエーションがサラウンドからイマーシブな体験へと進化する中、主にテンポの速いスポーツ中継など、過酷な環境下での使用が想定される皆さまからの要望に応え、360度の音をリアルタイムで捉えるこの革新的なマイクロホンの開発に至りました。コロナ禍ではありましたが、世界トップクラスのサウンドエンジニアと協力し、海外のイベントで、先行してフィールドテストを行い、気候や設置場所といった厳しい条件がそろうスポーツ中継の現場でも最適な性能を発揮するよう、試作品の改良を重ねました。当社の創業60周年というタイミングも重なった2022年、量産モデルのBP3600をリリースしました。

2. 開発秘話

市場には既に様々なマイクロホンが存在していますが、特にAmbisonicsマイクロホンといった既存のマイクロホンとは一線を画し、イマーシブオーディオのための実用的なソリューションを提供することは、当社にとって大きな挑戦でした。BP3600の開発はコロナ禍中に行われたこともあり、とくにフィールドテストを実施することが困難な時期もありました。しかし、スポーツ中継などの過酷な環境での豊富な実績が私たちの強みであり、これまで蓄積してきた技術を活用しながら開発を進めることができました。

コロナ禍でソーシャルディスタンスが必要になったこともあり、ワンオペレーションでも収音可能な構造となるよう注力しました。また、携帯性と軽量化にもこだわり、8つのマイクロホンユニットを搭載しながらも、使用時には適度な大きさを保持しました。ケースの開封から組み立て、分解、そして再びケースに収める過程を初見でどれほどの時間がかかるか、普段マイクロホン設計に関わらない社員にも試してもらい、時にストップウォッチで計測しながら、いかに短時間かつ確実に行えるか試行錯誤を重ね、収納時には、マイクロホンユニットをコアボディから取り外して一つのケースにコンパクトに納められるよう設計しました。

各チャンネルにカラーリングを採用したのも、現場のサウンドエンジニアからの要望に応えたものです。本製品には正面を指定する向きはありませんが、どこのチャンネルがどの向きで収音しているかを覚えておく必要があります。当初はコアボディにチャンネル番号をふっていただけでしたが、現場で遠くからでもどのチャンネルがどこを向いているかわかるように色をつけたらどうか?というアドバイスをいただきました。最終的に、数字よりも、色で認識ができることで作業効率が良く、間違いを防げると判断し、アイデアとして採用しました。

BP3600でなくても、8本のマイクロホンを使用すれば同様の収録は可能ですし、複数のマイクロホンをフィールドに設置し、収録しているという方もいらっしゃると思います。実際にそういった収録を行っているエンジニアに伺ったところ、マイクロホンの分だけスタンドも必要になるし、現場ごとにそれらを持ち運んでセッティングするとなると、収録前の準備の時点で大変で、イマーシブ収録自体が面倒になってしまう、というコメントをいただきました。この点を改善することが、実用的なソリューションを提供するカギとなると思いました。せっかくの収録の機会が失われないよう、気軽に運用していただきたいとの思いで、音質以外のアクセサリーや収納方法などにもこだわってまいりました。是非BP3600を現場でご活用いただけましたら幸いです。

3. ユニークな形状はどこからきたか

BP3600は、Theile & Wittekの原理に基づく「Super Cardioid Hedgehog」システムと同様の設計を採用し、没入型の収音を目指しました。8つのφ12mmカプセルを、ボディの中心を囲む仮想キューブを形成するよう配列しています。各マイクロホンカプセルは隣のカプセルから70.53度の角度を持ち、15cmの間隔を空けて配置されています。この配列のため、マイクロホン全体としてはとてもユニークな形状になっています。各マイクロホンは隣接するマイクロホンから独立しているため、一つ一つのマイクロホンが集める音はクリアで分離されており、結果としてリアルタイムでダイナミックに変化する音の定位と広がりのある音場を作り出すことを可能にします。

当社独自のマイクロホンカプセルは、楽器収音や会議システムなどのプロオーディオ向けに開発された技術を用い、高域まで安定した指向特性を保持し、あらゆる環境で自然かつ正確な音を捉えることが可能です。よってフィールドレコーディングだけでなく、スタジオでの楽器収音にも適しています。

以下の回路図にあるように、8つのマイクロホンモジュールは独立しており、そのまま8チャンネルが並行して出力されます。マイクロホン内部でデジタル処理などは施しておりません。このため、5.1.4chスピーカーレイアウトを想定した場合、上層4チャンネルをスピーカーの上層チャンネルに、下層4チャンネルをスピーカーの下層チャンネルにそれぞれ割り当てることで、立体的で臨場感のある音を聴くことができます。例えば、8チャンネルで収音して、実際は上層4チャンネルだけを使用することも可能です。

MotoGPでは、観客席にBP3600を吊り下げておき、歓声が起こるような場面ではすべてのチャンネルを使用せず、下層4チャンネルだけを使用するといった使い方をしています。このように、多チャンネルマイクロホンとして設置しておき、リアルタイムで場面に応じて必要なチャンネルの音だけを使うことができるのは、Ambisonicsマイクロホンにはない特徴です。

4. どのような環境での使用が適しているか?

放送用マイクロホンに求められる品質基準は非常に厳しいため、その基準を満たす必要があります。時にはその基準すら超える品質を提供するため、BP3600は開発から出荷に至るまでのプロセスを、全て日本国内の自社工場内で一貫して行っています。マイクロホンの最も重要な部分である振動板の製造も自社で丁寧に管理しています。このため、BP3600 は屋内外を問わず、様々な環境でご使用いただけるのが特徴です。

その設置は簡単で、一人のオペレーターでも扱えるほどコンパクトで、片手で保持できるほど軽量です。屋外での使用を想定し、専用ウインドシールドもオプションでご用意。屋外での強風や、悪天候から保護します。標準マイクスタンドに取り付け可能なホルダーが付属されており、スタンドに固定しての収音も可能です。また、天井から吊るした使用も可能で、安全性を高める落下防止ワイヤー用ストラップを装備しています。フィールドテストを重ねる中で、サウンドエンジニアから得たフィードバックは付属アクセサリーの仕様にも反映しました。この結果、スタジアムや講堂など、観客の上にマイクロホンを設置できることから、使用可能な場面が広がったり、また、現場での作業性も向上したと評価いただきました。

これまでにBP3600が使用された実例とともに、おすすめの使用環境をご紹介します。

① スタジオレコーディングでの使用

グラミー®受賞エンジニアのDave Way氏にオーケストラ録音で使用いただき、BP3600のクオリティを高く評価していただきました。Way氏はイマーシブオーディオの分野での先駆者であり、そんな彼に評価いただいたことは大変光栄なことです。指揮者がいる位置にBP3600を設置し、弦楽器を録音する際に使用したと聞いております。再生音を聴いた彼の仲間が「自分が部屋で演奏しているときの音だ!」と言ったその言葉に、BP3600の魅力があらわされています。スタジオセッションでの楽器の細やかな音色や空間感を捉えたい、と考えている音楽制作者には、このマイクロホンが理想的な選択となると思います。
https://www.audio-technica.com/en-us/press/audio-technica-bp3600-immersive-audio-microphone-chosen-by-grammy-winning-engineer-dave-way-for-iron-wine-orchestral-recording/

② スポーツやライブイベント中継での使用

環境音と観客の音をリアルタイムで捉える必要がある放送での使用実績があります。先に述べたMotoGPの例のように、イベントが行われている間、マイクロホンは固定しておき、場面に応じて必要なチャンネルの音だけを使用することも可能ですし、コンサート会場では客席に設置することで、あたかも自分がその会場にいるような臨場感を収音できます。
https://www.audio-technica.co.jp/news/detail/152


写真⑦ MotoGPのレース場内で実際に設置されているBP3600(中央)

③野外での映画やドラマ撮影での収録

携帯性や設置の簡単さがワンオペにも適しているため、限られた人数で収録を行う場面でも活用いただけます。機材運搬の負担軽減も考慮し、マイクスタンド1本あれば固定ができますし、その軽量さからマイクロホン本体を手で持って収音することも可能です。

5. まとめ

8本のマイクロホンで収音したあとは5.1.4chのスピーカーレイアウトを想定した場合、デコードやレイテンシーの追加処理なしに直接ルーティングが可能であることがBP3600の特長の一つです。しかし、実際の制作現場では様々なフォーマットでの出力が求められ、BP3600で収録した音をどのように編集したらよい?という質問を多くいただくようになりました。

そこで、立体音響編集ソフトウェア制作会社『FLUX:: Immersive』とのコラボレーションにより、それらソフトウェア上の仮想空間にBP3600で収録された音源をオブジェクトとして直感的に配置できるよう、プリセットを追加いただきました。このプリセットにより自動で音源を配置可能となり、5.1.4ch以外のフォーマットでの出力が容易となり、あらゆるワークフローに統合できるようになったと好評いただいております。このコラボレーションは拡大予定です。イマーシブコンテンツ制作にBP3600をご活用いただけますと幸いです。


図表⑤ BP3600が立体音響ソフトウェア「SPAT Revolution」に対応した際の告知画像

執筆者プロフィール

松井徳子(まつい のりこ)
大学では電気電子工学を専攻し、マイクロホンの設計担当として入社。2014年に商品企画部に異動し、以降現在までマイクロホンの商品企画に従事。在職しながら創造技術修士、芸術学士取得。趣味はコンサート・舞台鑑賞、年間60本以上を鑑賞している。