2024spring

連載:思い出のオーディオ Vol.11

日本オーディオ協会 会長 小川理子

先日、ダニール・トリフォノフのピアノソロを聴きに行きました。生音でやっと聴ける機会に恵まれました。選曲が実に多彩で、私が子供の時に練習したモーツァルトのソナタから、ピアノソナタの最高傑作とも言われているベートーヴェンの『ハンマークラヴィーア』まで、そしてラモーあり、メンデルスゾーンあり、ピアノという楽器の全ての可能性を使いこなし、その音色のきめ細やかな表情の変化、音粒の大きさと触感のコントロールから、ホール音響を計算しつくした空間の扱い方、見事と言う他はなく、おまけにアンコールは、ジャズスタンダードの『When I fall in Love』ビル・エバンス風でした。こうした演出にも、ノックアウトでした。聴衆の熱狂的な賞賛の拍手は言うまでもなく、老若男女、幼稚園児から90歳オーバーまで、本当に多様な方々が音楽に酔いしれる歓びを爆発させていました。

翻って、オーディオへの熱狂は、かつて1970年代頃にたしかにありました。今やAIが作曲し、ロボットが自動演奏する時代ですが、人間の鍛錬の先にある能力は計り知れません。もう一度、人間性と創造性の探求を深くし、今だからこそ、現代の技術進化があるからこそ、オーディオで表現できる、果てしない音楽の歓びを、多様な人々に伝えるのが、オーディオ業界に身をおく私たちの使命だと思います。

昨年12月に、京都の地に、テクニクスカフェをオープンしました。ひとえに、音楽をステレオで聴く機会がない、経験がないという世代や、情報あふれる生活で音楽に向き合う時間が少なくなったという方々に、美味しいコーヒーを飲みながら、身構えることなく、誰もがひとときのオーディオ体験をして、生きる歓びを感じていただくのがコンセプトです。JASジャーナル編集スタッフが近く取材に来てくださるそうですので、詳細はその時にお話ししましょう。

今年のOTOTENも、多様な熱狂が芽生えるように、さらに進化させたいと思います。皆様、ご家族ご友人お誘いあわせで、ご来場いただけますことを願っております。