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2024winter
音響拡散体「オトノハ」とは
日本環境アメニティ株式会社 開発技術部
八並心平
音響拡散体「オトノハ」の開発動機
オトノハについて、どのような考えに基づいて開発してきたのかを、お伝えしたいと思います。
私は幼少のときから、ヴァイオリンやピアノを趣味とし、一方でまた、様々な植物を育ててきました。大学では芸術と音響設計を学ぶことのできる九州大学芸術工学部に進学し、室内音響や黄金比・黄金角の性質についても勉強してきました。
楽器演奏においても、オーディオの再生環境においても、部屋の影響で音が歪むのを改善したいと常日頃から考えていましたので、私が子供の頃から集めた経験や知識を基に、オトノハを開発しました。
従来の拡散体は、ランダムに立体を配置するものが多いと感じていました。しかし、配置される立体が少ないと、そもそも「ランダムかどうか」ということの判断が難しいと思いますし、意匠的にもよくするためには、開発者の経験や勘、デザイン力が重要になると思います。
オトノハは、
- 音の散乱に有利となるように「黄金比*」と「黄金角**」を使用すること
- 厳格なルールで形状を作成し、恣意的な判断を入れないこと
という2つの軸を持つことで、経験や勘に頼らず拡散体を設計することを目的に開発を行いました。
*黄金比は、美しく見える比率としても知られていますが、1 : (1+√5)/2で表されます。
**黄金角とは、360°を1 : (1+√5)/2で2分した際の、狭い方の角度を言います。
その際、開発のヒントとして、
- 植物の成長と多様性
- 音楽の作曲技法
を参考にしました。
通常の平面の壁の場合、先に出た音が壁で強い反射音となり、次の音源から出る音と被さってしまいます。音源本来の音が阻害され、明瞭性や定位が悪くなる原因となります。この強い反射音は壁の形状で起こる現象なので、機材や楽器・演奏法を変えても解決できません
オトノハを使用した場合、オトノハが反射音をあらゆる方向に散乱させることで、音源本来の音が聞きやすくなります。吸音材で対処した場合は特に高音ほど反射音がなくなってしまうので、モコモコとした音になりがちですが、オトノハではそのような心配もありません
植物の成長
植物の成長は基本的に
- 種から芽が出る
- A) 茎・枝を伸ばす
- B) 葉をつける
- A) 茎・枝を伸ばす
- B) 葉をつける
といった単純なルールに基づいています。
ここで最も単純なルールA)とB)の繰り返しでできる植物を植物1とし、植物1のルールを以下のルールに成長の規則を変えた植物を植物2とします。
植物2のルール
A’) 2つに枝分かれする。
とし、A)の代わりにA’)を使う。
成長のルールが少し変わっただけで、植物1と植物2の見た目は大きく変わることでしょう。植物は単純な成長規則でありながら、いろいろな見た目の植物があります。一般的には太陽の光を効率よく浴びるために、葉が黄金角で展開しているものが多いとも言われています。
黄金角には、黄金角単位で回転をしても同じ角度に戻らないという性質があり、それは音を散乱させる上で有利と判断し、音響拡散体作成の重要な要素となりました。
同じ個体においても、観葉植物としてよく見られるモンステラの仲間の葉は、成長とともに古い葉には切れ込みや穴が空いています。花に着目した場合でも、キクの仲間やヒマワリのように、内側と外側で花弁が異なっていたりといった植物もあります。オトノハはこの内側と外側で葉や花弁が異なるような特徴も併せ持っています。
オトノハは植物の成長をヒントに
- 厳格なルールに基づき立体を配置する
- その際、ルールに黄金比や黄金角を使用することで散乱の効果を高める
- バリエーションとして外側と内側で立体の形状を変える
といった工夫を行いました。
作曲技法フーガ、十二音技法
作曲技法としてフーガや十二音技法があります。フーガは、最初に奏される主題が5度上や4度下などで順に演奏される、主題の音価を拡大・縮小させる、反行させる、複数の主題を組み合わせるといった、少ない素材で複雑な曲を作ることが可能です。十二音技法でも音列の変形として、移高、逆行、反行などといったことをすることで、多様な曲を生み出しています。
オトノハはこれらの作曲技法からも着想を得ており、厳格なルールで成長させた形状を、拡大、回転、反転、重ね合わせ、位置のずれなどを組み合わせることで、拡散体の集合体としてバリエーションに富むよう意図しています。
植物と変奏曲
植物は同じ規則で成長するものでも、見た目が違うものがあります。
それは例えば、
- 葉に切れ込みが入っている
- 葉に斑が入っている
- 枝にトゲがある
- 葉と葉の間隔が広い、もしくは、狭い
- 丸い葉
- 細長い葉
などの違いで起こります。
また音楽でも、変奏曲のように、テーマとしては同じであっても、リズムや音形を変化させることで、多様な変化をつけることができます。ラフマニノフ作曲パガニーニの主題による狂詩曲Op.43では第18変奏が主題から大きく印象の変わる変奏になっていて、とても印象的です。
オトノハは、このような植物の多様性や変奏曲からも発想したものであり、使用する立体の種類や初期値の変化で多様な種類の拡散体を作成することができるのが特徴です。今現在、一般販売しているものは2種類ですが、開発段階では多様な見た目のオトノハが存在しました。
社内プレゼン用の資料。中央付近のものは既に製品版とほぼ同じ形状をしている。
右側につり下がっている球状のものもルールに従って作成した拡散体。
下から2段目の左から2番目の拡散体はフーガの技法を強く意識したモデル
オトノハで望むこと
オトノハは黄金比と黄金角を多く用いた3Dプリンター製の「Container garden」と、手頃な価格で扱いやすい「Ivy wall」を製品としてラインナップしています。今までルームチューニングに費用を掛けられなかった方や、反射音そのものを意識したことがない方などにも広くお使いいただきたいと思います。
良いスピーカーを買ったのであれば、その良さが分かる音環境に、細かな演奏や練習がしたいのであれば、正しく音が判断できる音環境に、オトノハでそのようなお手伝いができれば、とても嬉しいです。
執筆者プロフィール
- 八並心平(やつなみ しんぺい)
九州大学芸術工学部 音響設計学科卒業。九州大学芸術工学府 芸術工学専攻修了。日本環境アメニティ株式会社で音響拡散体オトノハを開発。