2023autumn

深く・長く音楽に没入できる
ヘッドホン「YH-5000SE」

ヤマハ株式会社
クリエイター&コンシューマーオーディオ事業部
事業開発部 ホームオーディオグループ 佐藤亮太
商品開発部 HP・EPグループ 波多野亮

概要

当社は2022年12月にブランド初となるヘッドホンリスニングを追求したフラグシップヘッドホン「YH-5000SE」をリリースしました。本稿ではYH-5000SE誕生の背景とモデルの特徴・技術的要素についてご説明します。

1. はじめに

当社はこれまで多種のオーディオ機器を製造・販売してきましたが、昨今の多岐に渡る音楽へのかかわりの中で、より幅広い方々に「ヤマハの音作り」を体験していただきたく、ヘッドホン製品群においてもこだわりを貫いた商品の提案を決意しました。

その第一弾となる当社のフラグシップヘッドホンYH-5000SEについて、大きく3つの要素に分けてご紹介します。

2. 本文

開発の背景

YH-5000SEの開発は2016年頃まで遡ります。当時、新たな商品アイデアを思案する中で、70年代のヤマハがオルソダイナミックと呼ばれる方式のヘッドホンをリリースしていたことを知りました。当時の資料を調べるうちに、その音響的な技術思想もさることながら、装着感へのケアや、デザインを含めた製品としてのムードに感銘を受けた我々は、手さぐりの中、この新たなヘッドホンの開発に乗り出すことになりました。

要素開発は、図面保管庫に眠っていた当時の青焼き図面からヒントを得ながら始まり、約6年かけて何とか量産化に漕ぎつけたYH-5000SE。最終的に完成したこのヘッドホンのコンセプトは極めてシンプルな「深く、長い、音楽への没入体験」です。いつまでも作品に身を浸していたくなるような音楽体験の実現のためにこだわり抜いた3つの要素について次項よりご説明します。

YH-5000SEにおける3つの要素

i) 深く、長く、音楽への没入を実現する「音質」
ii) 長時間快適さを損なわない「装着感」
iii) 所有と使用において悦びを満たす「デザイン」

これらの要素に関して順を追ってご説明します。

i) 深く、長く、音楽への没入を実現する「音質」

当社では、オーディオ製品が目指す音作りの方向性をTrueSoundという言葉を用いて指針化しており、音質を「音色」「ダイナミクス」「サウンドイメージ」の要素に分解し、各々に対して技術要素を以って満たすことによりTrueSoundを実現しております。

「音色」
・当社独自のオルソダイナミックドライバー

HP-1などに搭載され、1970年代に誕生したオルソダイナミックドライバーの技術思想をベースに、最新の技術を用い、現代的な音楽再生に耐えうる新たな平面磁界型のドライバーとして構築しました。平面磁界型のドライバーの一般的な特徴としては振動板上にボイスコイルを直接パターニングし、対向するマグネットによって生成する平行磁束内で駆動するという構造をとっており、振動系の重量を軽くでき、駆動点を広い範囲に持つことが可能ということが上げられます。

さらに当社の新たに開発したオルソダイナミックドライバーでは、音質的な損失を最小限に留めるべく、開口部の確保、制動の最小化、中心固定部の廃止、同心円コルゲーションとパターン補強による形状保持、近傍への磁性体回避、といった工夫を施しております。また、マグネットには高磁束密度ネオジウムマグネットを、フレームには高剛性のマグネシウムフレームを採用しました。

ドライバーユニットを組み上げる際のネジにもこだわりを持ち、磁気歪を可能な限り排除すべく、非磁性体スクリューを使用し、鉄材ヨークを持たない構成としています。

これらにより、ハイレスポンスでありながらも、耳なじみがよく、自然で正確な音を実現しました。

・大容積のハウジング

ハウジングはヘッドホンの音響の肝であり、全体の音質に大きく左右いたします。楽器や声のリアリティを保つための“密度感”と、それらが鳴って消えるまでの振る舞いを適切にコントロールした“開放感”の両立。これらがバランスした際、音楽はより臨場感を持って表現されると考え、ハウジングの設計をおこないました。YH-5000SEは、耳介をゆったり覆うほどの大きな音響容積を有し、繊細な薄膜振動板の動きへの影響を出来る限り排除するようにしました。そして、振動板背面はオープンバックを採用することで一般的なハウジングが持つバックキャビティの反射音と共鳴を一切持たない設計としました。

また、大容量ハウジングを有するヘッドホンにおける課題として、前後定位感のコントロールの難しさがあります。その課題克服のため、ハウジング内部の一部をアーチ状に突起させ小さな反射板として機能させることで、楽器や声の自然さとそれらが鳴ってから消えるまでの表現をコントロールしています。

これらにより、繊細かつしなやかな広帯域表現を実現しました。


写真2 大容積ハウジング

「ダイナミクス」
・超軽量・薄型ダイアフラム

1000を超える試作・測定・解析を経て、新しく開発した薄膜振動板は、12μm厚のフィルムにエッジングでの両面独自コイルパターニングと微細コルゲーションを付与したものとなりました。一般のダイナミック型の約1/3の重量を誇るこの振動板は、電気信号に対して高い応答性を誇り、音楽の微細なニュアンスや空気感を余すところなく表現することができます。高応答ながらも耳馴染みの良いしなやかな質感は、長時間の試聴においても疲れにくいメリットがあると考えております。

さらに、振動板両面に、透過度の高い微細孔エアダンパーを配置することで、振動板の振幅を適切に制動しつつ、音楽の躍動感を損なうことが無いように再現することができます。また、外周以外に固定点を持たない真円形状は、膜全体の動きを阻害することなく、濃密で抜けのよい低域表現を可能にしています。

「サウンドイメージ」
・オリジナルの圧延平畳織ステンレスフィルター

ハウジングの内圧調整には、日本製の圧延平畳織ステンレスフィルターを採用しました。厳格な通気度の管理の元に製造され、YH-5000SEが目指した音場表現の要となるこのフィルターは、入念に選定した織材を圧延プレスすることで通気度の最適なコントロールとスムーズな空気排出を可能にしました。これにより、YH-5000SEが表現したかった音場表現である、音が立ち上がった瞬間の密度感と開放感を高次元に両立することができました。


写真5 専用に設計された圧延平畳織ステンレスフィルター

・イヤーパッド&ケーブル

YH-5000SEでは、使う人の趣向に柔軟に応えるため2種類のイヤーパッドを付属しております。レザータイプは外周に柔軟性の高い有孔合成レザー、内周に高通気メッシュを組み合わせることで、輪郭のある音像と明瞭な音場感を両立させることを目指しました。また、スエードタイプは柔らかく温かみのある音で、長時間の没入体験を狙いました。

さらに、ケーブルによる音の違いを楽しみ、自分好みの音を追求できるようケーブルを着脱式としました。バランス・アンバランス駆動どちらにも対応できるように、専用設計の3.5mm 3極プラグケーブルと4.4mm 5極プラグバランスケーブルの2種類のケーブルを付属しています。ケーブルの芯線には、明瞭感ある中高域と表現豊かな低域を実現する銀コートOFC線を採用し、緻密に編み込むことで各信号の平行配置を避けることで、高純度な信号伝送、自然かつ空間的な広がりのある音の再現を可能としております。


写真6 シルバーコートOFCケーブル


写真7 レザーイヤーパッド


写真8 スエードイヤーパッド

ii) 長時間快適さを損なわない「装着感」

音楽は時間芸術であり、深い没入には長時間聴取に耐えうる良好な装着感が重要だと考えております。

・イヤーパッド

3次元立体縫製を採用したイヤーパッドは耳裏の凹凸にフィットし、面圧分散するとともに安定した付け心地の実現をしました。また、異種材を適材適所に組み合わせ生地構成にもこだわりました。
当社には感性評価のチームも存在し、そのチームと協力することでイヤーパッドの材質に関しても調査しました。結果として、付け心地という観点できっぱりと好みが二分されることが判明し、YH-5000SEではフラグシップのこだわりを持つべく、2種のイヤーパッドを同梱することとしました。レザータイプは、接触部分に配置された羊革が適度な吸湿性で蒸れを低減。スエードタイプは、高級車の内装に採用され世界で高い評価を得るウルトラスエード®を採用し、沈みこむような装着感を実現しました。これにより、趣向の異なるユーザーや使用シーンに対して柔軟に対応することができます。

・ヘッドパッド

ヘッドバンドと完全分離させたアーチ状に立体縫製したヘッドパッドは、ほどよい厚みのソフトクッションを内包することで、頭部曲面形状に柔軟にフィットし頭頂部面圧を分散させております。

・無段階スライダー

人の頭部幅・高さは実に様々で、ヘッドホンを装着する上で微調整したくなるポイントでもあります。YH-5000SEではシリコンストッパー構造による無段階スライダーとすることで、あらゆるプロポーションに対しての微調整も可能にしました。

・スラントスイベル機構

オーバーイヤーヘッドホンの装着性における課題の一つとして耳裏の凹みに対する追従性不足があると考えております。ここで生じてしまう音漏れにより、L/Rのマッチング不足からくる定位の偏りや、低域量感の不足を時に生じてしまいます。YH-5000SEでは意図的に回転軸を傾斜させることで、耳裏の凹みに対する追従性を高め、面圧の安定化を実現しております。


写真9,10,11 装着感に関わる機構的要素部

YH-5000SEではこれら複数の機構的要素と、320gという軽量化を実現した筐体とで長時間付け続けても疲れない軽やかな装着感を実現しました。

iii) 所有と使用において悦びを満たす「デザイン」

極限までそぎ落とされた緊張感のある造形は、音楽のもつ躍動感・生命感を表現しています。日本製マグネシウムモールドフレームを中心に、軽量ながら剛性の高い筐体を実現しています。

前述の平畳織フィルターからのスムーズな内圧排出のために大胆に開いたハウジング開口部保護には、宇宙材料にも用いられる日本独自の技術である三軸織メッシュを採用。織方向による強度の異方性をもたないこのメッシュは、一般的な開放型ヘッドホン外装に用いられる金属パンチングよりも十分に軽く、ドライバーユニットへの磁気影響もありません。

独創的で存在感のあるスタイリングは、音楽とリスナーの時間をより特別なものにしたいという、デザイナーと設計と企画との思いから実現しました。

ドライバーの製造から組み立て、全体の仕上げに至るまで高い精度と技術力が必要でした。そこのため、この製品は当社のフラグシップのピアノなどを手掛けている国内の掛川工場で実施することにしました。熟練の職人が一台一台組立作業を行い、厳しい検査を経て出荷するという、製造面においても、当社のモノづくりへのこだわりを凝縮しました。

3. まとめ

当社は本稿でご説明しましたYH-5000SEをはじめ、ヘッドホンでの音楽リスニングを追求する方々へ向けて、今後もさまざまな展開を考えていきたいと思います。YH-5000SEは現在、常時体験できる箇所が限られてしまってはおりますが、オーディオイベントや専門店様で機会があれば、ぜひ手に取っていただき、その音を体験していただければと思います。

執筆者プロフィール

佐藤亮太(さとう りょうた)
1987年生まれ。2012年ヤマハ株式会社入社。2020年ころまではAVレシーバーのシステム設計・回路設計・音質設計に従事。2020年からヘッドホン・イヤホンを手掛けるグループに異動し、商品企画担当並びに電気設計を担当している。趣味はオーディオ・料理・お酒・模型(モデラ―の側面も)。
波多野亮(はだの りょう)
1985年生まれ。2008年ヤマハ(株)入社。ホームオーディオ用スピーカー設計開発、インテリアオーディオ筐体・音響設計開発を経て、2015年頃よりヘッドホン・イヤホン開発に従事。日常的に音楽制作・演奏活動およびレコードやカセットテープの収集に勤しむ。ノイズ相撲協会会員。