2023spring

384kHz/32bit対応カーオーディオシステムAlpine F#1 Status

アルプスアルパイン株式会社
いわき開発センターサウンド設計部 髙島紀之

概要

2023年6月に開催予定のOTOTEN2023に当社はカーオーディオデモカーを4年ぶりに展示することになりました。本稿では、OTOTEN2023で展示予定のデモカーに搭載する、当社が開発したフラッグシップモデルAlpine F#1 Status(アルパイン・エフナンバーワン・ステータス)の紹介させていただこうと思います。是非ご来場いただき、そのサウンドをご体感いただければと思います。

はじめに

当社ではJubaシリーズ(1990年代)、Alpine F#1 Statusシリーズ(2000年代~)と過去にハイエンドのカーオーディオ製品を手掛けてきました。特にAlpine F#1 Statusシリーズは、音の頂点を目指すというコンセプトで、2001年にCD再生をメインとする初代、2004年にはDVDのサラウンド再生をする二代目と、その時代の主流となるデジタルメディアの再生をコアにフルシステムでの製品展開を進めてきました。これらは今でもカーオーディオ愛好者の中では知られた製品となっています。そして、2021年にハイレゾ音源のステレオ再生を基本とする三代目のAlpine F#1 Statusシリーズが完成しました。本稿ではシステムの概要と特徴を説明したいと思います。

システムのコンセプト

今までにない384kHz/32bitのハイレゾステレオ音源を再生し、原音を忠実に再現する高音質のカーオーディオシステムを世の中に送り出そうというコンセプトでシステムの検討を開始、ハイレゾ音源を持ち運べるデジタルオーディオプレーヤーDAP-7909、そのハイレゾ音源をデコードし再生の制御を行う車両に備え付けのヘッドユニットHDS-7909、車室内の音場補正を行うオーディオプロセッサーHDP-H900、パワーアンプHDA-F900とスピーカーシステム(HDZ-9000)で構成されるフルシステムとしました。

デジタル系は384kHz/32bit処理の再生システムであり、ヘッドユニットでデコードされた384kHz/32bitのオーディオデータはA2Bバス経由でオーディオプロセッサーへ伝送し、オーディオプロセッサー内では64bit浮動小数点DSPがそのオーディオデータを損なうことなく信号処理を行い、その後、384kHz/32bitに対応したDACへ送信されます。なお、384kHz/32bit以下の入力ソースはヘッドユニット内で384kHz/32bitにアップサンプリングを行っています。

ヘッドユニットとデジタルオーディオプレーヤー

ハイレゾ音源の再生を車室内で実現したいと、カーオーディオ愛好家の間で様々な工夫でシステム化を行っており、音源にハイレゾ音源再生が可能なデジタルオーディオプレーヤー(以降DAPと記載)を取り入れているのも見られます。新Alpine F#1 Statusのシステム検討段階でも、この動向を参考にし、気に入った音源をいつでも持ち運び聴くことができるよう、システムのラインナップにDAPを組み入れることに決定、ハイエンドのDAP製品で有名なAstell&Kernとの協業で企画開発を行いました。

DAP単体での使用は勿論のこと、ヘッドユニットからDAP内の曲目リスト表示、音源再生制御が可能で、DAPからは384kHz/32bitのUSBオーディオストリーム規格でヘッドユニットへ送出を行います。また、ヘッドユニットではUSBメモリの音源、ハイレゾに対応するWAV,FLAC、圧縮オーディオフォーマットMP3、AAC、WMA等の再生が可能なプレーヤ機能を有しています。なお、DAPのWi-Fi接続によって、海外市場向けですが、高音質ストリーミングサービスにも対応しています。

目標スペックを達成するために

384kHz/32bitのハイレゾ音源のもつポテンシャルを十分に引き出すには、デジタルシステムと車室内音響について改めて考え直さなければならなくなり、プロジェクトの立上げ時にデジタルシステム系で次の目標スペックを目指し検討を開始しました。

システムの要となるオーディオプロセッサーが目標スペックを達成するために、デジタル伝送の問題とアナログ回路の性能をより引き出す課題がありました。検討の結果、最高水準の部品を選定、一部は部品メーカ様と共同開発となりました。

コンポーネント間のデジタル伝送

本格的なシステムになると、車室内の取り付け場所の制約、あるいは操作上必要な場所へのインストールのため、ヘッドユニット、オーディオプロセッサー、パワーアンプ、スピーカーと、コンポーネントを分割する必要があります。カーオーディオは一般的に、ヘッドユニットをコンソールに配置し、オーディオプロセッサーおよびアンプはトランクルームに配置されるため、ヘッドユニットとオーディオプロセッサーの間は5m程度のケーブルで接続する必要があります。当システムでの大きな課題は、コンポーネント間の384kHz/32bitのデータを高速で伝送するということと、オーディオマスタークロックのジッタを限りなくゼロに近づける必要があるということでした。これらの課題を解決するのに最も適したのはアナログ・デバイセズ社車載専用のオーディオバスAutomotive Audio Bus(以下、A2B)でした。

A2Bはシングル・ツイストペアケーブルによる小振幅差動方式でコンポーネント間の双方向でのオーディオデータの転送が可能です。また、オーディオマスターユニット側が送出するオーディオマスタークロックとも同期した信号(プリアンブル)も送出し、スレーブユニット側のオーディオクロックと同期できる利点があります。当システムではオーディオマスタークロックがオーディオプロセッサーにあり、これにマンチェスター符号化された同期信号をスレーブ側のヘッドユニットへ送出することにより、ヘッドユニットもオーディオマスタークロックに同期した信号で、オーディオデータが送出され、コンポーネント間の距離があってもクロック同期が取れたシステムを実現することができました。

オーディオマスタークロック

デジタルオーディオ再生系で重要なのがオーディオマスタークロックとその精度です。位相雑音特性を極小にする、システムのジッタを最小限に抑え込むという狙いで、超高精度(誤差0.1ppm)を誇るオーディオ用クロックの日本電波工業製DuCULoN®を採用、オーディオプロセッサーに内蔵しました。DuCULoNは水晶発振器の中でも恒温槽付水晶発振器:OCXOに分類され、その性能から一部のオーディオ愛好家には知られているオーディオ用クロックです。DuCULoNという名前由来の二個の水晶振動子が内蔵され、低位相雑音特性を実現しています。

OCXOはある一定の温度まで温めないと安定した動作と性能が得られないため、オーディオプロセッサーへの内蔵化に際し、高精度のクロックが劣化しないよう、各デバイスに供給する配線、温度を保つ構造と制御を設計時に配慮しました。

DACとオペアンプ

オーディオプロセッサーの性能と音質を決めてしまうといって良いのがDSPの後段に配置するD/Aコンバーターとオペアンプです。

D/AコンバーターはESS製ハイエンドDAC ES9038PRO(DNR 132dB(8ch)/140dB(mono)、THD -122dB)を選定、DuCULoNの高精度クロック49.152MHzに同期しD/A変換、4chの出力設定で使用することにより、高S/N比の実現に寄与しています。

後段のオペアンプは日清紡マイクロデバイスと専用のMUSES高音質チップを共同開発、内部回路の微細な電流変化や、数MHz帯域の高調波がオーディオ帯域に与える影響により発生する 音質変化に着目し、通常、1チップ当たり2回路で構成されていたものを1回路の仕様とすることで信号処理の純度を高めました。
D/Aコンバーターとオペアンプを搭載した基板は一枚あたり4ch出力で、Lch系とRch系の独立したDAC基板とし、L/R ch間のセパレーションを確保しています。

DCオフセット対策でFc=8Hz, -24dB/octのHPFをDSP内に配置したことで、周波数特性の下限が4Hz(-1dB)から8Hz(-3dB)となってしまいましたが、他は概ね満足できるスペックが実現しました。

<オーディオプロセッサー諸元表>
THD 0.0005% @1kHz 0dB
セパレーション 115dB
S/N 120dB
周波数特性 8Hz-100kHz(-3dB)

オーディオプロセッサーとパワーアンプ間のアナログ伝送

カーオーディオではAUX出力の場合、一般的には2V(rms)、最大4V(rms)程度のRCAプラグによるアンバランス伝送が通例ですが、オーディオプロセッサーより出力される高品質の信号についてノイズを極力排除するため、最大8.3V(rms)@0dBFSとした、プロオーディオで採用されるXLRバランスケーブルによる伝送方式を採用しました。意外にもカーオーディオでのXLRバランス伝送は他に例を見ないものでした。

車室内音響補正の要 DSP

384kHz/32bitのハイレゾ音源を劣化することなく、また車室内での試聴環境の課題、限られた空間、スピーカレイアウト、非対称レイアウトの課題に対処する高精度の調整機能を実現するために、信号処理は384kHzベースで64bitの浮動小数点処理が必要と考えました。

実装された機能は音響チューニングに必須のイコライザー/ディレイ/クロスオーバー調整で基本的ではあるものの、高解像度のFs=384kHzゆえに処理量がFs=48kHzに比べ8倍の処理量が必要でした。そこで信号処理のDSPはアナログ・デバイセズ社DSP Griffin ULを4基配置し、機能を分割して実装、各DSPのオーディオI/Oは、オーディオマスタークロックに同期し、コアは約1GHz(マスタークロックの逓倍)で駆動させました。

10Hzから40kHzまでの調整が可能な34バンドのイコライザーは0.1dB単位のゲイン調整が可能。ウーファー、サブウーファーが受け持つ低音域に使用するイコライザーのバンドには音の波長が長いこともあり、倍精度浮動小数点演算を行っています。

0.9mm単位でスピーカー位置が調整できるディレイは車室内スピーカーの配置と聴取位置の音質改善がより高精度で調整が可能になりました。音質調整は専用のツールを新たに作成し、当社の専門家が音響チューニングを行い、車両を納品する形としています。

ワイドレンジClass-Dパワーアンプ

パワーアンプはClass-Dアンプで4ch入出力でシステムとしては2台使用、ツイーターからサブウーファーの再生まで受け持つ、10Hz~100kHzまでの周波数特性を実現しました。回路にはオーディオプロセッサーと同じく専用のMUSES高音質オペアンプを実装、アンプ回路の各ステージも別回路とし、相互干渉を徹底して排除しています。オーディオプロセッサーからのXLRバランス伝送を受けるため、パワーアンプ側もバランス受けの回路とXLRプラグを採用しています。

<パワーアンプ諸元表>
THD 0.003%以下 @1kHz/10W
Separation 90dB以上 @1kHz
S/N 115dB以上
周波数特性 8Hz(-3dB)-100kHz(-3dB)
その他フラット領域±1dB
Output Level 120W

4ウェイスピーカーシステム

スピーカーシステムを開発するにあたり、80kHzまでのハイレゾ再生を目標とし、設計コンセプトは低歪みと広帯域再生の実現でした。コンセプトが実現出来る素材として検討を重ねた結果、振動板は軽量かつ剛性が高い炭素繊維強化樹脂:CFRPに着目、ツイーター/ミッドレンジ/ウーファー/サブウーファーすべてのスピーカーユニットにCFRPを採用し、音色の統一を追求しました。低音域の再生であっても、またハイレゾの超高音域であっても、振動板は軽量のため応答性に優れ、さらに剛性が高いため歪みを大幅に軽減、繊細なハイレゾ音源を忠実に再現することが可能となりました。

磁気回路は、当社が持つ低歪みを実現する特許技術、DDlinear、DDDriveを採用しています。検討を重ねた結果、各スピーカーユニットの広帯域再生が実現し、車室内のスピーカー配置、チューニングの自由度を上げることが出来ました。

<スピーカーユニット諸元表>
ツイーター 周波数特性 3.5kHz-80kHz
耐入力 RMS / Peak 40W / 120W
インピーダンス
ミッドレンジ 周波数特性 250Hz-40kHz
耐入力 RMS / Peak 40W /120W
インピーダンス
ウーファー 周波数特性 55Hz-8kHz
耐入力 RMS / Peak 100W /300W
インピーダンス
サブウーファー
(DVC)
周波数特性 20Hz-800Hz
耐入力 RMS / Peak 300W (150W+150W)/ 900W (450W+450W)
インピーダンス 4Ω+4Ω

デモカー

当社の直営店Alpine Styleで仕立てられた、トヨタ「アルファード」をベースにシステムをインストールしました。コンセプトは「動くオーディオルーム」、後席でじっくり試聴して頂くよう、センターコンソールにDAPとヘッドユニットを埋め込み、リアの左右スライドドアにそれぞれツイーター/ミッドレンジ/ウーファーの各スピーカーユニット、後部ラゲッジスペースにオーディオプロセッサー、パワーアンプ、サブウーファーを配置、オーディオプロセッサーの調整機能でイコライザー、スピーカーユニット間の遅延を補正しています。

試聴した印象

音を言葉で表すのは難しいとは思いますが、まず感じたのは楽器を構成する素材の質感まで伝わってくることです。例えばギター、ベースなどアコースティックな楽器の演奏シーンでは楽曲の音の他に指で弦を弾くような音、パーカッションの打面の表皮の質感、演奏者の細やかな動きが伝わるような音など、新たな発見が出来るようになりました。高ダイナミックレンジを実現し、微細な音まで再生できたことで、リアリティが増したと言えます。

また、空間表現としては音像と拡がりが大きく感じられました。フロント3ウェイ+サブウーファー構成のステレオ再生であるものの、スピーカーのインストール位置とハイレゾに対応した各コンポーネントの素性が良く表れたようです。なお、著名な音楽家が当デモカーシステムを試聴したYouTube動画[2]がありますので、ご参考にしてください。

過去ハイエンドモデルへのオマージュ、高級感溢れるデザイン

最後にデザインについて書いておきたいと思います。カーオーディオで魅せるデザインはオーナーの所有感を高める要素の一つとなっています。Alpine F#1 Statusシステムは黒基調の高級感溢れるデザインで統一され、システムの顔となるヘッドユニットには往年のJubaモデルを想起させるグリーンの6ボタンを配置しました。なお、当システムは世界で最も権威のあるデザイン賞の一つドイツ「iF Design Award 2022」を「プロダクト」分野で受賞しました[3]

さいごに

384kHz/32bitのハイレゾ音源をストレートに再生するカーオーディオシステムを実現するため、具体的にプロジェクトを進めて行くと、短期間での市場投入、試作を行うたびにシステム構成の見直しと部品見直しが続き、さらに世界的なコロナウィルスによる影響(緊急事態宣言、ロックダウンにより人・物が移動できない)、半導体の供給問題など、外的な問題にも直面し、難易度が高い開発となってしまいました。

Alpine F#1 Statusは日本国内ではアルファードへインストールしたコンプリートカーでのみ販売しています。詳細は当社直営のAlpine Style[4]にお問い合わせください。再度になりますが、OTOTEN 2023にてAlpine F#1 Statusのデモカーを展示します。ご興味がありましたら、OTOTEN 2023の当社ブースにお立ち寄りください。ご来場お待ちしております。

参考文献・資料

DuCULoN®及びそのロゴは日本電波工業株式会社の商標です。
A2B®及びそのロゴはアナログ・デバイセズ社の登録商標です。
MUSES及びそのロゴは日清紡マイクロデバイス株式会社の商標または登録商標です。

執筆者プロフィール

髙島紀之(たかしま のりゆき)
アルプスアルパイン株式会社 いわき開発センター サウンド設計部 主査。1969年生まれ。1995年、東京電機大学大学院(情報通信工学専攻)修了。同年、アルパイン株式会社(現アルプスアルパイン株式会社)入社。その後、現在までサラウンド技術開発、カーオーディオシステムの開発等に従事。Alpine F#1 Statusではシステム開発設計を担当。JASカーオーディオWG幹事。2019-2021年JASカーオーディオWG委員長、2022年JAS音の匠選考委員を担当。