2023spring

連載:思い出のオーディオ Vol.8

日本オーディオ協会 会長 小川理子

新年度がスタートしました。各社の入社式もリアルで開催され、ようやく臨場感のあるコミュニケーションができるようになってきました。

さて、2023年のOTOTENもよりいっそう活性化させてまいりたいと思います。今年はカーオーディオの展示を復活させていただくことになり、昨年とは一味違う賑わいを出せるのではないかと思っています。そういうわけで今号は、私とカーオーディオの思い出について書かせていただきます。

私は入社したての頃に、カーオーディオの開発に携わっておりました。リビングルームでもなく、パーソナルなヘッドホンでもなく、車の独特の空間性にかなり奥深いものを感じながら、狭い車室の中でスピーカーを取り替えてみたり、座席にダミーヘッドを持ち込んで測定してみたり、運転席と助手席と後部座席の音の違いを確認してみたり、それまでに経験したことのない音の世界にはまりながら仕事をすることがどんどん面白くなって、そうこうしているうちに、小さな車室の中で音楽を聴くことがとても気持ちよくなってきたのです。

結構大きな音を出しても周囲の人には聞こえないし、重低音も出しやすいし、気持ちよく音に包み込まれる特別な小宇宙を感じていました。ただ、開発は会社の中のガレージに車を置いて、停車している車で音を出していたので、これは普通に道路を運転しながら音を確認しなければ全く感じ方が違うと考え、開発したスピーカーやアンプを家の車に乗せて、ドライブしながら聴いてみようと思い、そのころは自分自身の車は所有しておらず父の車でしたので、会社から帰って、夜にドライブをしながら試作品の音を聴くようになりました。そうするとまた夜のドライブが楽しくなり、目的もなく、ただ音楽を聴きながら1時間も2時間も走ることがよくありました。

この頃、車室空間と同じくらいの大きさで、タイヤの無い「パナカプセル」というものを開発しました(写真)。理想のカーオーディオを研究開発するためです。このカプセルには、床下に4.3メートルの巨大ホーンを設置し、重低音を20Hzから再生できるようにし、心地よい低音で空間を満たし、身体中で音を感じるという体験価値を創りだしました。これは、赤ちゃんがお母さんのお腹の中にいるときの胎内環境からヒントを得ました。ゆらゆらと、低音の海の中で10カ月間かけて生まれる準備をする安心感と生命力を、このカプセルの中でも感じられるに違いない、と思ったわけです。

この「パナカプセル」は、国内外のカーメーカーの展示会にも持って行きデモをするという、今考えれば新入社員の頃からダイナミックな仕事をさせてもらっていました。今後EV化が進んでいきますが、自動運転になれば、車の中のエンターテインメントは音楽だけでなく、様々な可能性が出てくると思います。しかし音楽やラジオはテッパンコンテンツ。全世界的にカーボンニュートラルが叫ばれて久しいですが、人類の使命としては、いかにエネルギーの無駄遣いをしないか、智恵を出さねばなりません。カーオーディオも、小さなエネルギーでいかに気持ち良い空間を創ることができるか。これからも向き合うべきことはたくさんありそうです。