日本オーディオ協会 創立70周年記念号2022autumn

『アナログ、復権の10年』
私が思うエポックなアナログレコード10作

選 内沼映二(ミキサーズラボ)

録音技師として大きな影響を受けた作品と自らがこだわった作品から選定

Disc1 『遥かなる影/カーペンターズ』(A&M)

Disc2 『リムスキー=コルサコフ:交響組曲:シェエラザード 作品35/レオポルド・ストコフスキー指揮ロンドン交響楽団』(London)

Disc3 『彩(Aja)/スティーリー・ダン』(ABC Records)

Disc4 『スマックウォーター・ジャック/クインシー・ジョーンズ』(A&M)

Disc5 『黄昏のレンガ路/エルトン・ジョン』(DJM Records)

カーペンターズは『遥かなる影』(Disc1)以外にも名盤が多数ありますが、やはり初期の作品が多くの人にインパクトを与えたと思います。本作はカレンの低域から高域まで含んだヴォーカルの音質と、当時最先端だったマルチ・トラック録音技術を駆使した多重コーラスで捉えました。混成コーラス録音の概念を根本的に変えた技法で、世界中の音楽界に大きな影響を与えました。

1964年作ストコフスキーの『シェラザード』(Disc2)は、およそ60年前の作品とは思えないロンドン・デッカの名録音。恐らくアビー・ロード・スタジオの1 Studioでワンポイント方式のステレオマイクとマルチマイクの組合せで収録されています。鮮鋭かつ艶が両立した音は、私が考えるオーケストラ録音のお手本です。

スティーリー・ダンの1977年作『彩(Aja)』(Disc3)は、ロック名録音の1枚。クリアーで品がある音は、これ以降のロック録音に大きな影響を与えました。エンジニアはロジャー・ニコルス、エリオット・シャイナー、アル・シュミット、ビル・シュネー。

Disc4はクインシー・ジョーンズのビッグ・バンド・ジャズ作品。クインシーの作品では本作以前は、ルディ・ヴァン・ゲルダーが録音を担当していましたが、本作からフィル・ラモーンに交代。大幅にレンジが拡がり、クリアーで品位のあるサウンドに大きく変貌しまた。本作こそ、私のビッグバンド・ジャズ録音の教科書です。

エルトン・ジョンの録音は『エルトン・ジョンの肖像』『マッド・マン』等の初期の<いぶし銀のサウンド>から、1973年『黄昏のレンガ路』(Disc5)を契機に<明るくタイトのリズムとストリングスの混合したサウンド>に変化。本作のストリングス・アレンジは日本でもアイドルや歌謡曲のアレンジに大きな影響を与えました。

Disc6 『R&Bの素晴らしい世界/ポール・モーリア』(Philips)

Disc7 『石川さゆり』(日本コロムビア/Stereo Sound)

Disc8 『MIXER’S LAB SOUND SERIES -BIG BAND SOUND- Vol.1/角田健一ビッグバンド』(MIXER’S LAB)

Disc9 『MIXER’S LAB SOUND SERIES -BIG BAND SOUND- Vol.2/角田健一ビッグバンド』(MIXER’S LAB)

Disc10 『MIXER’S LAB SOUND SERIES -BIG BAND SOUND- Vol.3/角田健一ビッグバンド』(MIXER’S LAB)

ポール・モーリアの魅力はやはりストリングス。特にDisc6冒頭に収録された「マイ・ガール」のストリングスは独特で、艶っぽく透明感があり、奥行感があるリバーブにより聴く人を別世界に連れ込まれてしまう魔力があります。このストリングス・サウンドは、筒美京平氏との作品づくりの際に、目標になりました。

石川さゆりのベスト盤(Disc7)は、オリジナルのアナログ・ハーフ・インチのマスターから一本のカッティング・マスターに編集したテープを、ダイレクトにカッティングした作品です。この作品に収録した音源は新録音で、アナログ盤として世に発売したのは、本アルバムが初めてです。

Disc8/9/10は、ビッグ・バンド・ジャズを音にこだわった機材で可能な限りの高品位な音で収めた作品シリーズです。ビッグ・バンドを最高の音で聴きたい、録音したいという、私の若い頃からの夢が叶ったアナログレコードです。マージングテクノロジーの高性能録音システムPyramixを使い、384kHz/32ビットPCMで収録。それを、そのままラッカー盤にダイレクトカッティングしました。プレスもメタルマスターからのダイレクト・プレス仕様にするなど、こだわりの作品群に仕上げたシリーズです。

執筆者プロフィール

内沼映二(うちぬま えいじ)
株式会社ミキサーズラボ 会長
1944年、群馬県生まれ。テイチク、ビクター、RVC録音部を経て、1979年にレコーディングエンジニア集団の株式会社ミキサーズラボを設立。レコーディングスタジオのWESTSIDE、LAB Recordersを自社スタジオとして運営。その他、多数のスタジオプランニング・運営を行ない、1999年よりWARNER MUSIC MASTERINGを運営。1994年から1998年、2007年から2015年の通算12年にわたり、一般社団法人日本音楽スタジオ協会の会長を務め、現在は名誉会長となる。