日本オーディオ協会 創立70周年記念号2022autumn

『アナログ、復権の10年』
私が思うエポックなアナログレコード10作

選 高橋邦明(株式会社キング関口台スタジオ)

ダイレクトカッティングの名盤5作とファンの心を捉えて離さない音の5作

Disc1『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio/井筒香奈江』(Jellyfish LB)

Disc2 『Guitar Workshop Vol. 3 Direct Disk/V.A.(大村憲司、秋山一将、森園勝敏、山岸潤史)』(ビクターエンタテインメント)

Disc3 『ブラームス:交響曲全集/サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団』(ベルリン・フィルレコーディングス)

Disc4 『チクルス&エクローグ/吉原すみれ & 中川昌三』(RCA)

Disc5 『The King James Version/Harry James & His Big Band』(シェフィールド・ラボ)

日本オーディオ協会70周年、誠におめでとうございます。ここではアナログレコードにおける「エポックメイキングだと思う10作品」を挙げたいと思います。

Disc1~5はダイレクトカッティング盤からチョイスしました。
Disc1は大規模セッション収録可能な大スタジオとカッティングマシンを併設しているキング関口台スタジオで、2019年に制作された、こだわりのダイレクトカッティングレコード。井筒さんのヴォーカルや各楽器が鮮烈に捉えられ、張り詰めた緊張感がストレートに伝わってきます。

Disc2は、Disc1のレコーディングエンジニアでもあった高田英男氏が40年前に携わった作品。ダイレクトカッティングでありながら、A面、B面とも1曲目と2曲目で収録スタジオを、リアルタイムで切り換えるというたいへんスリリングなセッションだったとのことです。

Disc3はカッティングマシンをコンサートホール(ベルリン・フィルハーモニー)に持ち込んで作られた海外制作のダイレクトカッティング作品。
Disc4も同じくカッティングマシンを埼玉県の入間市民会館に持ち込んでの国内制作作品。いずれもカッティングマシンの分解、移動、組み立て、入念な調整が必要であり、その困難さと制作における情熱は想像を絶するものがあります。

ところで、「ダイレクトカッティング」レコードといえばやはり元祖というべきシェフィールド・ラボ(Sheffield Lab)の作品は欠かせません。学生時代に聴いたDisc5からダイレクトカッティングへの憧れがスタートしました。

Disc6 『Direct Cutting at King Sekiguchidai Studio DSD11.2MHz/1bit MASTER CUT/井筒香奈江』(Jellyfish LB)

Disc7 『The Köln Concert/Keith Jarrett』(ECM)

Disc8 『A SONG FOR YOU/Carpenters 』(A&M)

Disc9 『マーラー:交響曲第3番ニ短調/ズービン・メータ指揮ロサンジェルス・フィルハーモニック』(デッカ/キングレコード)

Disc10 『カンターテ・ドミノ/オスカーズ・モテット聖歌隊』(proprius)

Disc6はDisc1の制作時に同時収録したDSD11.2MHzデジタルマスターをソースにし、時間を掛け入念に、そしてアグレッシブにカッティング作業を行ない制作した作品です。ちなみにカッター針はサファイアを選択しました(Disc1はルビー針)。その意味でもDisc1とDisc6の聴き比べはとても興味深いはずです。

定番Disc7はA面の出だしからガシッと心を摑まれてしまう『ケルン・コンサート』。いったん針を落とすと、リードアウトまで動けません。さまざまなフォーマットでリリースされていますが、やはりアナログレコードでの再生はとてもとても魅力的だと感じます。

キングレコード時代のA&Mレーベル作品群よりカーペンターズの一枚Disc8も挙げておきます。当時、これらキング盤の音質はA&M本社をも唸らせたそうです。

Disc9は名プロデューサー高和元彦氏とDisc8のカッティングエンジニアでもある牧野晃氏によるキングレコード「THE SUPER ANALOGUE DISC」シリーズからの一枚。牧野さんは私の師匠で、本シリーズの制作時にもたくさんのことを学びました。

Disc10は必携の名盤『カンターテ・ドミノ』。いままでもこれからもオーディオファイルの心を摑まえて離さない作品だと思います。やはり本作もアナログレコード再生がいちばん魅力的に感じます。

執筆者プロフィール

高橋邦明(たかはし くにあき)
株式会社キング関口台スタジオ 経営本部長
1967年、高知県生まれ。1990年、キングレコード株式会社に入社し、録音部に配属。当時の音羽スタジオにてテクニカルエンジニアとしてスタート。カッティング・エンジニアの牧野晃氏に師事する。CD作品ではキングレコードの「Superphonic Mastering」シリーズを主動。サラウンド音源を含めたDVDオーディオ作品、SACD作品のリリースにも多数携わる。2000年よりキングレコードの子会社として独立した株式会社キング関口台スタジオにて従事する。第8回、第16回日本プロ音楽録音賞受賞。2019年、倉庫に眠っていたカッティングマシンを蘇らせ、アナログレコードのダイレクト・カッティング手法を再構築、作品のリリースを実現する。2022年より一般社団法人日本音楽スタジオ協会の副会長を務める。