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2022summer
Bob James Trio『Feel Like Making Live!』によるイマーシブ・オーディオの制作舞台裏
EVOLUTION MEDIA LIMITED 山﨑 賢太郎
概要
このたびは日本オーディオ協会様のご厚意により寄稿する機会を頂きましたこと感謝いたします。私はレコード会社の人間で、制作に参加した、ジャズアーティスト、ボブ・ジェームス・トリオの『Feel Like Making Live!』について、この作品でジャズのライブ映像にイマーシブ・オーディオを収録した経緯、舞台裏などを紹介させていただこうと思います。
ABSTRACT
It’s my great honor to be a contributor on the behind of production story and immersive audio serendipity of my life for “Feel Like Making Live!” of international Jazz group, Bob James Trio on 70 years milestone anniversary year for Japan audio society.
OTOTEN2022は私にとって2回目の参加でしたが、どのメーカー様の製品もその音質の高さに正直に驚かされました。この音質で聴かれているファンの方々がいらっしゃると思うと、制作側の我々としても襟を正す思いです。今回、OTOTEN2022のWOWOWブースで、ボブ・ジェームス・トリオ『Feel Like Making Live!』をAuro-3Dのイマーシブ・オーディオで、多くの方にご視聴いただきました。
本作はAuro-3DとDolby Atmosの両フォーマットを収録しており、そのどちらも楽しんでいただける内容となっておりますが、その制作は発売まで波乱の連続でした。その一つにイマーシブ・オーディオと、それに長年携わっていらっしゃるWOWOW入交英雄氏との出会いがあります。入交さんは40年近く研究に携わっていらっしゃるそうですが、あるメーカーの紹介で、熱海のご自宅にお邪魔しイマーシブ・オーディオを聴かせていただいた私は、そのリアリティー溢れるサウンドに魅せられ、興奮冷めやらぬまま、翌週にはアーティストへ作品に導入するように社内の会議で提案をしました。
ただ、これまでイマーシブ・オーディオを両フォーマットで収録したライブ映像作品を、どの会社も商品化していなかったため、それを世界で初めて実現するには、あまりにもハードルが高すぎました。というのも丁度コロナが世界を席巻し、経済が止まったことで、我々も経済的に困難な状況に陥り、レコーディングが終了した楽曲は順次発売、利益確保を優先しなければならない状況が続きました。無論、本作も2018年の時点でレコーディングが終了していたため、早くステレオで発売するべきだという意見が日増しに多くなり、さらに「市場や需要がそもそもあるのか?」という至極当然な追求もありました。
背に腹は変えられない状況を考えれば、ステレオでなるべく早く発売するべきだったかもしれません。ただ一方で納得の出来ないものは出したくないという思いもありました。判断を迫られる中、スタジオや工場の停止で当初の計画が進められない状況にもなっていたため、その期間に入交さんに2chミキシング用の音源をイマーシブ・オーディオにミックスしていただいたものを再度社内で聴いてもらい、会議があるごとにその将来性をアピールし、1年半ひたすら説得を続けておりました。その時に自分を奮い立たせていたのは、裏付けの無い自信と、「いける!」という直感でした。その甲斐あって、両フォーマットのイマーシブ・オーディオを収録した作品を発売するという当初の計画が実行されることになりました。
当然、作品の完成度を上げていくというのは、様々なこだわりの積み重ねです。アーティストもエンジニアも、これにすべてをかけているという凄まじい熱量が感じられるほどです。ミキシングの最中、「ピアノのアタック音が弱い」という指摘を受け、手を加えるかどうかの判断を聞かれましたが、そのままにしてあります。おそらく手を加えたならオールド・ファンの方は若かりし頃の演奏と変わらないと喜んでいただけるかもしれません、ただ80歳を超えたレジェンドも人間であり、当然ながら衰えます。鍵盤を弾く音は全盛期に比べれば物足りないかもしれない。でもその後に続く演奏は正に円熟の極みでした。
こうして完成された本作は、「担当者の感じた感動と興奮」をそのまま吹き込んだ作品となりました。その感性は共感を呼び、国内外のメディアに多く取り上げられ、セールスチャートでも上位に入り、さらに世界中のジャーナリストや購入者から、多くの称賛を頂けるまでになりました。私自身、20年のキャリアで初めての経験であり、恐らくこういった仕事に再び出会えるとは思えません。それぐらい出会いとタイミングが絶妙に合わさって発生した偶然だったと認識しています。
音楽が好きな方ならおわかりいただけると思いますが、初めて聴いた音楽が自分の好みだった時に、何か不思議なものに突き上げられる経験をされた方も多いと思います。頭で理解する前に心が震える感動は、音楽や映画など芸術やエンターテインメントがもたらす本質です。
今回は、まさにイマーシブ・オーディオを研究された方の熱意が、最終的に私に伝播したように思います。アーティストが常に「最上の音作り」で曲を発表するように、音響の世界も常に技術革新が起き、各メーカー様のあくなき挑戦がイマーシブ・オーディオの様な新しい世界を作り、その体験が広がっていくものと思います。1人の音楽制作担当として、そしてオーディオファンとして、イマーシブ・オーディオがより認知されるよう、引き続き応援していきたいと思います。OTOTEN2022で本作をご覧いただいた方々に、この感動を体験してもらえたのであれば幸いです。
執筆者プロフィール
- 山﨑 賢太郎(やまざき けんたろう)
これまでに国内外の独立系レーベルやメジャーレーベルに勤務。50を超えるアーティスト、100作品を超えるアルバムの制作を担当。ジャスティン・ビーバー、ジャミロクワイ 、イマジン・ドラゴンズ、パール・ジャムなど世界的アーティストの担当から、ブラジル音楽シーンの重鎮で、ボサ・ノヴァ界のパイオニア、ホベルト・メネスカルとの100曲を超える楽曲制作、アジアを中心に活躍する女優兼シンガーの王儷婷(英名:オリビア・オン)のマネージャーなど歴任し、現在は香港に本社をもつEVOLUTION MEDIA LIMITEDの日本担当として、国内ビジネスを担当するかたわら、アメリカのロックバンド、ミスター・ビッグ、ジャズピアニスト、ボブ・ジェームスのプロジェクト・リーダーとして、企画制作から国内外のマーケティング、プロモーションなどを担当。