2022winter

第7回「学生の制作する音楽録音作品コンテスト」受賞作品制作レポート
「The North Star」制作後記

日本大学 芸術学部放送学科音響技術専攻 卒業樋口 奈穂果

概要

本作品はPeter H. Reynolds作の「The North Star」という絵本を題材にした音響・照明作品に使用した劇中曲である。この絵本は、主人公が旅をする中で自分にとっての旅の目的を見つける冒険物語である。主人公の心情とともに様々な表情を見せる自然の風景描写も美しい。楽曲は絵本の朗読、場面、効果音と合うように仕上げた。7.1.4chのDolby Atmosでミックスを行った。

ABSTRACT

This work is a song in the play used for the sound and lighting work based on the picture book “The North Star” by Peter H. Reynolds. This picture book is an adventure story in which the main character finds his purpose of the trip for him while traveling. The natural landscape depiction that shows various expressions along with the main character’s feelings is also beautiful. The music was finished to match the reading, scenes, and sound effects of the picture book. We mixed with 7.1.4ch Dolby Atmos.

1. はじめに

この度は栄誉ある賞をいただき大変光栄に思います。私がこの作品を制作しようと思ったのは、大学の説明会で22.2chの音響作品を聴取したことがきっかけである。そこで立体音響というものに初めて触れ、その表現の幅の広さに感動した。大学では立体音響について学ぶ機会は少なかったが、大学生活の集大成として立体音響での制作に挑戦した。本作品は、音と照明を用いて世界観を表現するという狙いがあった。そのため、想像力を働かせるためにも朗読に日本語ではなく英語を用いることで直接的な表現を減らし、音楽には心理描写だけでなく風景描写も取り入れようと試みた。
(タイトル画像は本作品の照明演出の様子)

2. 制作について

楽曲について

音楽は全てオリジナルの曲を制作してもらった。あらかじめ台本とともにテンプトラックを用意し、どこでどういった音が鳴ってほしいか、細かく要望を伝えた。編成は小規模のオーケストラ編成とした。特に拘った部分としては、M1は物語の冒頭部分であり、これからの冒険へ期待がふくらむような明るいワルツにし、風景や主人公の動き効果音との一体感を重視した。M3は森に迷い込むシーンなので、混乱させるような印象が欲しく、ミニマルミュージックの要素を取り入れた。8分の7拍子の変拍子を使い、異なるリズムを重ねることで不気味さを表現した。M5ではピアノメインで悲しさと焦りを表現した。また、バイオリンの高音を用いて静寂を表現した。M6では雲が晴れるシーンを、こもったピアノの音にリバースをかけて表現し、ラストにかけて主人公の門出を祝うような音楽にしたかったので、金管を多用した。またグロッケンで星の煌めきを表現した。

録音について

録音は弦、金管、木管などのパートごとに分けて行った。各楽器にオンマイクを用意、メインとなるステレオ成分はDPA4006を使ってNOS方式で録音し、センター成分を足すためにDPA4011を置いた。サラウンド成分はNeuman TLM170でバック、サラウンド、トップの残響を収音した。サイドの残響を録音する際には、メインマイクとの音の被りを減らし、反射音をメインで収音するために指向性をワイドカーディオイドとした。メインマイクとの音のつながりを自然にするためにも単一指向性ではなく広めのワイドカーディオイドを選択した。後ろのサラウンド成分を1本のマイクで収音したのは、再生するときにファントム音像としたかったためである。


【図1】カルテット録音時のセット図面


【図2】実際のマイキング

それぞれの楽器の特性を生かすため、チェロに平台と衝立を用意した。ホルンにも衝立を用意し、よりホルンらしい音が収録できるよう工夫した。また、楽曲ごとの音色にもこだわり、M6のピアノの音はこもった音にするため、反響版を閉め近接効果を用いたマイキングにした。


【図3】M6のピアノのマイキング

録音会場:

日本大学芸術学部放送学科Aスタジオ

広さ:

床面積:約14.7m×10.8m 高さ:約7m

使用機材:

マイク

4006 DPA メインマイク
4011 DPA メインマイク
TLM170 NEUMANN サラウンド用
CMC64 SCHOEPS 弦楽器スポットマイク
U87Ai NEUMANN スポットマイク
C414 AKG 打楽器スポットマイク

ヘッドホン
MDR-CD900ST (SONY)

キューボックス
LIVE PERSONAL MIXER (Roland)

録音時調整卓
VISTA7 (STUDER)

DAW
ProTools Ultimate (Avid)

演奏者

 1st Vn. 舟久保 優貴
 2nd Vn. 鈴木響香
 Vla. 澤田 香萌
 Vc. 森下 邑里杏
 Fl. 飯間 惟加(日本大学芸術学部音楽学科)
 Ob. 栗原 優風(日本大学芸術学部音楽学科)
 Cl. 江原 優月 (日本大学芸術学部音楽学科)
 Hrn. 川名 英誠(日本大学芸術学部音楽学科)
 1st Tp. 後藤 時一(日本大学芸術学部音楽学科)
 2nd Tp. 鵜澤 勇也 (日本大学芸術学部音楽学科)
 Tbn. 富田 瑠花(日本大学芸術学部音楽学科)
 Tub. 亀川太一(日本大学芸術学部音楽学科)
 Perc. 田中 大智(日本大学芸術学部音楽学科)
 Pf. 嶋田 葵(日本大学芸術学部音楽学科)

ミキシングについて

ミックスは、弊学科のテレビスタジオ2に下記のような7.1.4chのモニター環境を仮設で構築して行った。

ミックスでは基本的にメインマイクにスポットマイクを足して残響感を調整した。サラウンド成分は、マイキングと同じ位置から音が出るよう割り当てた。この作品ではサラウンド感を体験してもらいたかったので、M1の冒頭はステレオで途中から7.1.4chに展開するという手法を採った。また、M3では上方の弦を不規則に動かして不気味な雰囲気を表現したり、サイドの金管を通り過ぎるようにパンニングして焦りや森の奥に進んでいく様子を表現したりと、立体音響だからこそできることに挑戦した。M6は前方にメインマイク、サラウンド成分はサラウンドマイクの残響を用いより自然な定位を試みた。その中でも冒頭のピアノのリバースや星を象徴するグロッケンなどはパンニングさせ印象的に聴かせている。

使用機材:

スピーカー
model A3 (STUDER) 平面サラウンド用
SA300 (SPENDOR) 平面サラウンド用
101 MM (BOSE) トップ用
F19 (QUESTED) サブウーファー

DAW/Panner
ProTools (Avid)
Dolby Atmos Renderer

総評

良かった点

①物語の風景や主人公の心情を音楽で表現できたと思う。編成はシンプルながらもシーンごとに特徴となるフレーズやメロディがあり、作品本編の朗読との相性もよかった。
②センターマイクをセンタースピーカーから出すことで、よりセンター感を出すことができた。
③立体音響という特徴をどうしたら生かせるか考えながらいろいろな手法に取り組めたことはよかった。

反省点

①サラウンドの残響成分用にサイドやバック、トップの位置にマイクを立てたが、残響成分は収録できたものの、ミックスしてみると位相の違いなのか、思ったように効果が発揮されなかった。録音時のモニターではステレオで確認してしまったが、サラウンド成分だけでも5.1chでモニターしてマイキングや録音をするべきだった。
②メインのステレオマイクは、距離感の調整が甘かったためか、複数のパートが横並びに並んだ時に音を拾い切れていないパートがあった。もっと確認をしながらマイク位置を調整する必要があった。
③パートをいくつかに分けて録音したが、ミックスプランを考えずにどのパートもマイクに対して同じような配置にしてしまったため、メインマイクを用いたミックスではどうしても楽器ごとに広がりや定位感に差をつけるのが難しかった。大体の定位でもいいので、あらかじめミックスプランを考えてから、録音に挑むべきだった。
④3曲目は実験的にオブジェクトを使ってかなり大胆にパンニングしたが、セリフと合わせると音量が小さくなる関係で、あまり効果を感じられなかった。また、Atmosのパンナーについて理解が足りていなかった部分が多く、仮設で作ったモニター環境以外のところで改めて聴くと、本来意図した聴こえ方とかなり異なっていたことも発覚した。準備期間がなかったとはいえ、もっと試作を繰り返して研究する必要があった。

3. まとめ

今回の制作は、コロナ禍での制作ということもあり作業の時間が足りないなどはあったものの、自粛期間中に構想を膨らましたり、音響技術について勉強する時間が多くあったりしたことで実現できた作品だと感じる。また、ここまで自分のやりたいことを詰めこんだ作品を作れることは今後そうないだろうと思うと、本当に貴重な経験をさせていただいたと実感する。関わってくださった方全員への感謝と、この制作で得たものを忘れずに、今後の自身の活動へ活かしていきたい。

最後になりますが、この作品の制作過程が少しでも後輩の皆様の手助けになれば幸いです。

執筆者プロフィール

樋口 奈穂果(ひぐち なほか)
2021年、日本大学芸術学部放送学科卒業。
現在、都内ポストプロダクションスタジオにてMA業務に従事。