2022winter

新4K衛星放送22.2ch音声の
Dolby Atmos変換技術について

パナソニック株式会社 梅迫 実
ドルビージャパン株式会社 高見沢 雄一郎

概要

パナソニックは、2022年1月に発売する新4K衛星放送対応プレミアム4Kディーガ「DMR-ZR1」にドルビーラボラトリーズと共同で開発した、業界初のMPEG-4 AAC 22.2ch音声をDolby Atmos®(ドルビーアトモス)に変換する機能を搭載した。

ABSTRACT

Panasonic implemented the industry-first function that converts MPEG-4 AAC 22.2ch audio to Dolby Atmos in its new 4K satellite broadcasting compatible recorder model, PREMIUM 4K DIGA “DMR-ZR1”. This new function was developed in partnership with Dolby Laboratories. The new model will be introduced in the market in January 2022.

1. はじめに

パナソニックでは、2018年11月に新4K衛星放送の録画再生に対応したレコーダーとしてDMR-SUZ2060を発売し、以来、多くのお客様にご愛用いただいているが、Ultra HD Blu-rayディスク再生に対応したDMR-UBZ1(ただし、新4K衛星放送受信は未対応)以降、“プレミアムモデル“に位置付ける最上位クラスのレコーダーを商品化していなかった。この度、Ultra HD Blu-rayプレーヤーのDP-UB9000から高剛性シャーシと高画質・高音質信号処理を引き継ぎ、新4K衛星放送の録画・再生に対応したDMR-ZR1を2022年1月に発売することになり、新4K衛星放送で運用されている22.2ch音響がもつ立体的なサラウンド音声をご家庭の環境で楽しんでいただくために、ドルビーラボラトリーズと共同で22.2ch音声をDolby Atmosに変換する機能を業界初※1で搭載したので、ここに紹介する。
※1 2022年1月28日発売。民生用ブルーレイディスクレコーダーにおいて。


【図1】DMR-ZR1

2. MPEG-4 AAC 22.2ch音声のDolby Atmosへの変換

米国サンフランシスコのドルビーラボラトリーズ本社では毎年社内アイディアコンテストが開催される。22.2ch音声をDolby Atmosへ変換する技術は、この社内アイディアコンテストへの東京オフィスからの提案として生まれ、DMR-ZR1で初の商用化となった。

DMR-ZR1でのDolby Atmosへの変換は、22.2ch音声をDolby MAT (Metadata-enhanced Audio Transmission) と呼ぶHDMI伝送データフォーマット(IEC61937-9)へ形式変換する処理として実現されている。このDolby MATは、Dolby Atmosなどのオーディオ信号をHDMIケーブルで伝送するためのもので、最大の特長はAACデコーダが出力する22.2chのPCM信号を、データ圧縮やダウンミックスすることなしに、22.2chのPCM信号のまま伝送し、Dolby Atmos対応機器で再生できることにある。Dolby MATは、テレビ、AVアンプ、サウンドバーなどのHDMI端子を持つDolby Atmos製品では必ず対応しており、この変換によって22.2ch音声で制作されたコンテンツを幅広いDolby Atmos製品で手軽に楽しむことができるようになる。

Dolby Atmosには用途に応じた複数のビットストリーム形式があり、動画や音楽配信サービスではDolby Digital PlusやAC-4といった非可逆な音声圧縮方式が広く利用されている。これらの音声圧縮方式ではインターネットや無線の限られた伝送帯域で臨場感溢れる立体音響を伝送するために、聴覚特性を利用したデータ量の削減を行っている。これに対してHDMIケーブル上での伝送を目的とするDolby MATは、伝送帯域の制約が緩和される。現在一般的に用いられるHDMI規格では、サンプリングレート192kHzのPCMオーディオ信号を8ch伝送可能な帯域を持つ。これは放送で用いられているサンプリングレート48kHzに換算すると32chに相当し、伝送帯域としては22.2ch音声を圧縮せずにPCMオーディオ信号のまま伝送できる。

音声圧縮のような複雑な信号処理を必要としないDolby MATを用いたDolby Atmosへの変換は、いわばPCM信号にその位置情報などを付加して規定の形式に箱詰めするような処理である。DMR-ZR1での処理の概要を下図に示す。Dolby Atmos変換モジュールでは、AACデコーダから出力される22.2chのPCM信号をDolby MATビットストリーム内の規定のバイト位置にコピーする。更にこの22.2chのPCM信号を動かないオブジェクト音源として3次元に配置するために、22.2chのスピーカー位置をx, y, zの3次元座標などで指定するメタデータを付加する。これにより、22.2chの音声が24オブジェクトで構成されるDolby Atmosとして扱えるようになる。この22.2ch音声を変換する用途では24個のオブジェクトの位置が固定されており、スピーカー位置を示すメタデータは変化しない。Dolby MATはゲーム機なども含めた様々なDolby Atmos対応機器や用途に対応する技術であるが、DMR-ZR1では22.2ch音声の変換に特化して処理の複雑さを大幅に削減したDolby MATソースコードを新規に開発し、固定値として埋め込むメタデータの調整も行った。


【図2】DMR-ZR1でのMPEG-4 AAC 22.2chからDolby Atmosへの変換


【図3】Dolby Atmos変換の設定画面

3. 22.2ch以外のMPEG-4 AAC音声の場合の変換

新4K衛星放送のMPEG-4 AAC方式音声フォーマットとして、
 22.2ch/7.1ch/5.1ch/2ch(ステレオ)/1ch(モノ)※
が運用規定されている。(※ CS放送のみの運用)
そのため、MPEG-4 AAC 22.2ch放送のみをDolby Atmos変換(Dolby MATでの出力)の対象とした場合、それ以外の音声チャンネルで放送されている番組との切り替わりで、HDMI出力から出力される音声フォーマットが切り替わることになり、HDMI再認証が発生する。

また、MPEG-4 AAC音声においては7.1ch以上の音声の場合には、ステレオ音声を同時に送出することが必須になっており、22.2ch/7.1ch音声の場合には、5.1ch音声も送出可能、さらに、5.1ch音声の場合にはステレオ音声も送出可能な運用になっている。そのため、同一番組内で再生する音声を切り替えた場合でも、都度HDMI再認証が発生してしまう。


【図4】22.2ch音声番組の前後に5.1chの音声番組を再生した場合
(22.2chのみDolby MATで出力)

この問題を回避するために、Dolbyで開発されたMPEG-4 AAC 22.2ch音声をDolby Atmosへ変換する技術をDMR-ZR1に導入するにあたり、22.2ch以外の音声についても、音声切り替え時にHDMIでの再認証が発生しないように、22.2ch送出時と同じ条件でのDolby MATで出力するように仕様を追加している。(使用しないスピーカーのチャンネルはnullデータとして送出。オブジェクトチャンネルのメタデータは付加されない)


【図5】22.2ch音声番組の前後に5.1chの音声番組を再生した場合(DMR-ZR1)
(常にDolby MATで出力)

以下、22.2ch以外の音声の場合の出力仕様について、実際の放送で運用されている5.1ch/2ch(ステレオ)/1ch(モノ)について述べてみたい。

<1ch(モノ)>
1ch(モノ)音声の場合、22.2chでのスピーカー位置に対して、FCのみ使用している。


【図6】1ch(モノ)出力でのスピーカー割当て

<2ch(ステレオ)>
2ch(ステレオ)音声の場合、22.2chでのスピーカー位置に対して、FL, FRのみ使用している。


【図7】2ch(ステレオ)出力でのスピーカー割当て

<5.1ch>
5.1ch音声の場合、後部のサラウンドチャンネルLs/Rsを22.2chでのスピーカー位置に割り当てる場合、SiL/SiRもしくは、BL/BRに配置することが想定されるが、この場合、7.1chスピーカー配置の場合、再生時に両サイドのサラウンドチャンネルLs/Rs、後部のサラウンドバックチャンネルLb/Rbにおいて無音となるスピーカーが出てきてしまう問題がある。そこで、5.1chのLsを-3dBしてBLとSiLへ、Rsを-3dBしてBRとSiRに振り分けることでこの問題を回避している。


【図8】5.1ch出力でのスピーカー割当て

なお、リモコンの“画面表示”ボタンを押すことで、HDMI音声出力フォーマットが確認できる。22.2chの場合には”Dolby Atmos“、それ以外の場合には”Multichannel PCM“と表示される
(※接続される機器により、接続機器側のインジケーターが常時“Dolby Atmos”となる場合がある)

4. あとがき

パナソニックの新4K衛星放送対応のレコーダーは、当初から22.2ch音声の記録に対応してきた。ただ、2021年春発売のモデルまでは、5.1ch PCMにダウンミックスされて出力されており、また、2021年秋発売のモデル以降はMPEG-4 AACのBitstream出力に対応したものの、市場での対応機器がまだまだ少ないため22.2ch音声が持つ立体的で臨場感ある音場を家庭の環境で楽しむことができないのが実情である。今回、DMR-ZR1に導入したMPEG-4 AAC 22.2chをDolby Atmosに変換する機能により22.2chに近い音場を家庭環境で楽しむことが可能になった。DMR-ZR1をお使いいただき、新4K衛星放送の高画質・高音質の番組をさらにお楽しみいただければ幸いである。

なお、本稿は、1、3、4章はパナソニック(株)の梅迫が、2章はドルビージャパン(株)の高見沢が執筆を担当した。

※Dolby、ドルビー、Dolby Atmos、およびダブルD記号はアメリカ合衆国、またはその他の国におけるドルビーラボラトリーズの商標または登録商標です。その他の商標はそれぞれの合法的権利保有者の所有物です。

執筆者プロフィール

梅迫 実(うめさこ みのる)
1963年生まれ。
1987年 立命館大学理工学部電気工学科卒業。同年 松下電器産業(株)(現 パナソニック(株))入社。ビデオムービーカメラ開発、カメラ機能IC開発、ハードディスクレコーダー開発を経て、2003 年よりブルーレイディスクレコーダー開発担当。
高見沢 雄一郎(たかみざわ ゆういちろう)
1971年生まれ。
日本電気株式会社でのオーディオコーデックの研究開発、ソニー株式会社での液晶テレビの開発を経て2009年ドルビージャパン株式会社入社。音響・映像信号処理とその配信技術に従事。早稲田大学大学院(電気工学および技術経営学)修了。