2022winter

連載:思い出のオーディオ Vol.5

一般社団法人日本オーディオ協会会長小川 理子

皆様、2022年の新年を清々しくお迎えになられたことと存じます。長くコロナ禍が続いておりますが、打ち勝つ元気と勇気を、寅年にあやかって天より頂戴したいと思います。さて、世の中では、サステナビリティという言葉で経済価値も社会価値も語られることが普通になりました。サステナビリティは持続可能と訳されていますが、私はオーディオのサステナビリティを不易流行の側面から捉えてみたいと思います。

不易については、成熟したオーディオ文化の本質を継承していく、ということです。この10年間でアナログレコードの生産枚数が激増していることは、皆様もよくご存じのことと思います。昔の音源のリマスタリングばかりでなく、最近の若いアーティストも、配信だけでなくアナログレコードをリリースしたいという強い想いをもっておられることに、驚きとともに時代はめぐるのだと実感します。あるライフスタイル調査結果では、Z世代は、ひと手間、あるいは0.5手間をかけることを楽しむ、となっていました。また、生活雑貨なども、ちょうど昭和30年代生まれの私などが小学生時代に親しんでいたような絵柄模様のコップや食器などが、今また「かわいい」ということで復刻版がヒットしているそうです。東京のとある遊園地なども、昭和の時代を彷彿とさせるデザインが「エモい」ということで若い世代が遊びに行っているとニュースになっています。生まれたときからデジタル三昧で、全てが便利で不自由のない生活の中で、昔は当たり前だったリアルな体験や手触り感のあるインスピレーションなどが、かえって斬新な感覚を生むのでしょう。

私も昔聴いていたアナログレコードを引っ張り出して、再び聴く機会が増えました。コロナ禍でおうち時間が増えてきたことも一因かもしれませんが、やはりアナログの良さは何物にも代えがたいものだという実感がそうさせているのだと思います。その中には、半世紀も昔のレコードがたくさんあるのです。いくつかをご紹介しましょう。

私が幼少時に聴いたことを最もよく記憶しているレコード、1963年に収録されたもので、国際連合避難民救済機関が当時のジャズジャイアンツに呼び掛けて実現した「All-Star Festival」の記録レコードであり、「The Unique Record in Aid of the World’s Refugees」とジャケット表紙に書かれています。ルイ・アームストロング、ナット・キング・コール、ビング・クロスビー、ドリス・デイ、エラ・フィッツジェラルド、マハリア・ジャクソン、パティ・ペイジ、エディット・ピアフなど、巨匠たちがズラリ。しかも皆さん、演奏はボランティアです。そして、このレコードの制作実行委員長がなんとユル・ブリンナーなのです。ユル・ブリンナーといえば、映画「荒野の七人」が私は大好きで、何度観たことかわかりません。テーマ音楽も大好きです。その大俳優さんがレコード制作実行委員長!!すごいことですよね。そしてこのレコードの、ルイだとかドリスだとかを、幼稚園の頃に家のリビングルームのオーディオで再生してもらって、それが原体験となって、私が音楽やオーディオを好きになったのは間違いありません。今そのレコードを聴いても、力を合わせてAidに向かうアーティストたちの情熱や生々しさが伝わってきます。その時代時代の社会課題を解決しようとする志は本質です。


「All-Star Festival」(レーベル:United Nations)

このほか、ハリー・ジェームス楽団のライブ収録で1962年にリリースされたアルバム。あのハリーのトランペットが心に刻みこまれています。何という活き活きとした、瞬発力のある、遠くに飛んでいくような音、いわゆる「音」の本質の何たるかを、子ども心にわからないながらも感じ取った音源であると言えます。あの当時のライブ収録というのはなかなか難しかったのではないかと想像しますが、今再び聴いてみると、そういう技術的な課題を乗り越えて、音楽をする歓びが余すことなく収録されている、そういう感じがします。

珍しいタイトルのアルバムとしては、「B.G.in HI-FI」というレコード。これは1954年収録です。Capitol Recordsからリリースされていますが、アルバムタイトルからもわかるように、ベニー・グッドマンの最高の演奏を、当時の最高の収録技術で制作された矜持にあふれたものだと思います。ほかにも「ビリー・ホリデイの黄金時代」という、ビリーが1959年に生涯を閉じた後、1964年に復刻された貴重な3枚組ボックスであったり、テディ・ウイルソンのSP盤からの復刻であったり、貴重なレコードの数々を今再び見ては聴いては、オーディオ文化の底の深さ、幅の広さに驚嘆せずにはいられません。このようにして、私が子どもの頃は、その当時の大人たちが、子どもたちの感性を豊かにしたいと強く願って、オーディオの技術開発に挑戦され続けていたのです。これが不易流行の不易だと思います。


「B.G.in HI-FI」(レーベル:Capitol Records)

一方で、これまで蓄積されてきたオーディオ文化の資産が残されながらも、どんどん新しく多様な選択肢も生まれています。バーチャル表現だけでリアルなライブコンサートと同じ感覚を味わうのだ!という世界とか、様々なセンサーやデバイスを組み合わせて自らがエンターテインメントを表現する楽しさを発見するとか、これだけ多彩な手段、ツールに満ち溢れた現在の世の中では、組み合わせのイノベーションがどんどん生まれやすくなっています。新しい文化の芽生えが生まれると、このつながりの世界において、芽生えを見つける手段も多々ありますから、埋もれてしまうことなく、世の中に出る可能性も非常に大きくなっています。時代とともに変化はありますが、やはり大人たちが子どもたちの可能性を広げるきっかけをつくる、一人一人の創造性を妨げない、ということを、使命として果たさなければなりません。

先日、何気なくテレビをつけたら、「歌唱王~全日本歌唱力選手権」という番組をやっており、最年少11歳の小学生が歌う歌、次々に出場する中高生が歌う歌を聞いて、正直びっくり仰天してしまいました。どうして、こんなにスーパーキッズがたくさんいるのか!どうして、こんな難しい歌を歌えるのか!じつは以前、日頃よく演奏しているジャズバンドのメンバーと、最近はYouTubeなんかでジャズジャイアントの演奏をたくさん無料で聴けるから、それを聴いて育った若手ミュージシャンがすごく上手いよね、と話をしていたことがあります。なんだか、AI将棋でどんどん能力が開花された藤井聡太さんのことを思い出しますが、令和とはそういう時代なのだと痛感します。まさしく時代とともに歌も変化していますが、その適応力こそが、不易流行の流行にあたることかと思います。

これから日本オーディオ協会は、創立70周年、その先の100周年に向けて、この素晴らしい人類の文化資産を、次世代に健全に継承していくための様々な活動を展開したいと思っています。世代を超えて、多様な皆様からいろいろなアイデアをいただきたく思います。そして次世代に向けた新しい時代のオーディオ文化として発展させてまいりたいと思います。

今年こそは、リアルで交流できる元気のある一年になることを祈ります。
寅年、千里往って千里帰るトラのごとく。

2022年1月