2021autumn

3Dオーディオコンテンツ制作拡大を目指したスタジオリニューアル

ソニーPCL株式会社 技術部門
アドバンスドプロダクション2部
テクニカルプロダクション1課
サウンドスーパーバイザー
喜多 真一

概要

ソニーPCL株式会社(以下、ソニーPCL)は、2019年12月に5.1ch THX pm3認定スタジオを3Dオーディオモニタリングとミキシング用に改修した。この改修の目的は、世界的な制作標準になりつつある3Dオーディオ没入型サウンドコンテンツの制作環境を構築するためである。

ABSTRACT

Sony PCL Inc. refurbished existing 5.1ch THX pm3 certified studio for 3D audio monitoring and mixing in December, 2019.
The purpose of this refurbishment is to create a production environment of 3D audio immersive sound contents, which is becoming a global production standard.

1. はじめに

ソニーPCLでは、2000年から5.1/6.1chのモニタリング・ミキシングを可能としたミキシングステージを2室保有してきた。どちらのスタジオもTHX pm3のモニタリング環境とマルチサウンドのモニタリング・ミキシング環境を有し、パッケージメディア向けのファイナルミックスやTVプログラムの高いモニタークオリティでのミックスワークができるスタジオとなっている。

2012年にDolby Atmosが日本に紹介されて以降、ホームシアター基準のDolby Atmos Monitoring/Mixingステージが備わった新設スタジオが増加した。ソニーPCLは市場動向を見据えつつ、当時の5.1/6.1chスタジオから3Dオーディオ/イマーシブサウンドを制作するファシリティへと進化させるために、既存のTHX pm3スタジオをDolby Atmosのモニタリング・ミキシングができるよう改修をすることにし、2019年12月にスタジオを完成。翌年1月にはソニーが提案する立体的な音場を実現する新たな音楽体験「360 Reality Audio」(サンロクマル・リアリティオーディオ)への対応など、多彩なコンテンツの制作環境を備えたスタジオとなっている。

今回、JASジャーナルへの寄稿の機会をいただき、ソニーPCLが目指したイマーシブサウンドスタジオをご紹介したいと思う。

2. 本文

ここ数年、Dolby Atmosをはじめとする3Dオーディオ/イマーシブサウンドのコンテンツが話題に上がるようになってきた。既に海外、主にハリウッド映画ではメジャータイトルのほとんどが3Dオーディオで制作されており、動画配信サービス会社においてもサウンドトラックの仕様に3Dオーディオで納品することを推奨しているところもある。こうした流れの中、近年のリニューアルや新設スタジオにおいてはDolby Atmosのモニタリング・ミキシングが可能なスタジオが徐々に増加している。

私達ソニーPCLでも2年半ほど前からDolby Atmosのモニタリング・ミキシングを可能とするスタジオの検討を進めており、コンテンツ制作者のイマーシブオーディオコンテンツに対する温度感をリサーチしたり、どのような3Dオーディオに対応するべきか、新たなファシリティとするか、改修で対応するかなど、多岐にわたる要素を検討してきた。元々ソニーPCLには、5.1/6.1ch THX pm3として、広めの408スタジオと、サウンドデザインやサウンドエディット、パッケージメディアのためのQCやフォーマットを行うTHX pm3取得のコンパクトな405スタジオがあり、新設する場合は既設スタジオを一度壊して作り直すか、新たなスペースを探してゼロから作ることになる。一方で投資に見合った作業受注量・サウンドフォーマットを見据えることも重要なファクターである。

そこで、既存の2室のうち、どちらかを改修して平面サラウンド表現のスタジオから3D/イマーシブサウンドの表現ができるようにした方が効率的であることと、改修後の運営面と予算で最大効果を得ることをしっかり見極め、かつトレンドに乗り遅れないよう検討を重ねた。その結果、できる限りサウンドのモニタリングがこれまで踏襲してきたTHX pm3の音場・音響条件を壊すことなく再現できる方法を最優先させ、サウンドデザインなどに使ってきた405スタジオを改修することに決定した。

405スタジオを候補としたのには、いくつかの理由があるが一番大きな要素としてスタジオの形状があった。408スタジオは面積の広さのわりに天井高を確保しづらく、加えて改修規模が大きくなってしまうことが予想でき、条件として難しい面があった。一方の405は縦、横、高さのバランスを比較すると良好で、天井にスピーカーをマウントしても問題なくモニタリングできると判断。内装をお願いした株式会社ソナ(以下ソナ)にご協力いただき、THXから得たDolby Atmos対応とした場合のアドバイスと共に、社内のエンジニア達とも共有しながら図面を作成してもらった。

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408スタジオ

405スタジオ:施工後のシーリングスピーカーマウントの状態と全体

以前の405の設計図では、スピーカーのマウント位置やサラウンド側はマルチスピーカーでのディフューズ再生で5.1ch/6.1chの切り替えになっていたり、高さも天井面に近い位置に設置されていたりと、劇場のプリミックスステージを模したマルチチャンネルのモニターがしやすくなっていた。

今回のDolby Atmos対応においては、容積を鑑みてもモノポールによりスピーカーの本数を最小限にし、かつDolby社が推奨している再生周波数レンジを確保するため後方上部へサブウーファーを設置している。しっかりした基本的モニターレベルを担保できるスピーカー選択、モニターシステム構築や機材のアップデート、システム工事内容などを一気に決めてイマーシブサウンド対応を進めていった。もちろん、チャンネルベース作業時のベースマネジメントもこれまでのモニタリングを踏襲できるようになっている。

さらに、機材にはTHX pm3認証の物を選ぶことを前提とし、もともと多くの機材を持たない405スタジオは、大切なモニターラインに関する部分に注力して選択すれば、ほぼ間違いの少ないファシリティであるため、パワーアンプをAmcron、スピーカーをProcella Audioに決定。モニターシステム・ルームEQには、ソニーPCLで初となるNetwork AudioのシステムとしてDanteを用い、ヤマハMMP1とAvid ProToolsをつなぐためにMTRXへ変更。今後の拡張性を持たせつつ、最大の効果を得ることができる必要最小限の機材を選定した。

Dolby Atmosのモニタリングに関しては、劇場用映画のプリミックスに対応すべく、オブジェクトのLw/Rwを持つ9.1.4chのスピーカーレイアウトにした。また改修後にはソニーの360 Reality Audio対応に向け、推奨モニタリングであるLower SPを3本配置する最大12.1.4chのスタジオとなった。

平面を9ch分確保したのは、劇場用のDolby Atmosの規格にあるようにフロントサイドスピーカーを設置した方が映画のプリミックス時にパンニングのジャンプを無くせることと、音像パンニングによる音像移動がより細やかに再現できるためである。これにより、従来通り劇場用映画での作業でもプリミックスをすることでファイナルミックス時にダビングステージの拘束日数を抑えたり、細かなチェックを先に済ませられる部分を活かすことができた。

実際の工期は2019年11月後半から12月中旬までの約1か月間で実施。厳しいスケジュールの中、大きなトラブルもなく12月10日にはスピーカー調整に入り、Dolby Atmosのモニタリングを実際にできる状況になった。また、THX pm3でのモニタリング上、以前から用いていたベースマネジメントを踏襲したが、シーリングの4chやW-de-L/R、サラウンドの4ch分に関してはサブウーファーを増設、さらにベースマネジメントの系統を見直している。

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2020年度には当初から検討していた通り、Dolby Atmos HT-RMUも導入し、入出力を強化。これまでにOTT向け3D Musicの作業やイベント展示などでの多チャンネル再生コンテンツの制作を手掛けている。アップデートを短期の間に実行することは元々計画しており、HT-RMU導入に伴いDanteを使ったモニター系統も新たに増設。フレキシブルなモニター入力とシーンメモリーを持つMMP1のコンフィギュレーションもアップデートしたが、直感的なモニター切り替えができることは作業中の素材音の確認などにも大いに役立っている。次の図は現在の405のモニター系統を示したものである。

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360 Reality Audioの基礎技術である「ソニー360立体音響技術群」を使ったコンテンツ制作でも、2018年からオフラインでの制作を行っており、今年2021年はイベント展示やコンテンツ制作でも活用している。これまでにオーディオドラマ「夜に駆ける」(企画制作:(株)ソニー・ミュージックエンタテインメント)やGinza Sony Parkでの各種体験イベントコンテンツも制作した。これにより、放送やパッケージ、配信系の映像コンテンツに限らず、イベントなどでの体験型コンテンツを含む多彩な領域でのユーザーの立体音響体験の向上、リアリティの追求を目指していきたいと考えている。

3. まとめ

いずれのイマーシブ・オーディオ制作においても、モニターするスタジオ空間にTHX pm3というリファレンスを維持し、F特、暗騒音、残響時間等で阻害される要素がないことは、マスタートラックを作るスタジオとして最も重要な要素であると私は考えている。その重要性に対するソニーPCLのマネジメント、スタッフの理解があるからこそ、20年以上、THX環境を維持でき、ソニーPCLで作ったサウンドトラックを他所で再生した時の差異にも対応が取りやすいなど、様々なメリットをもたらしている。こうした正しくモニタリングできる環境の維持は忘れられがちのようだが、ソニーPCLのスタジオ構築のポリシーでありたいと願っているし、今後も長く継承していきたいと考える。

※「ソニー」および「SONY」は、ソニーグループ株式会社の登録商標です。
その他記載されている会社名もしくは商品名は、一般に各社の登録商標または商標です。

執筆者プロフィール

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喜多 真一(きた しんいち) 1967年8月9日生まれ
1990年、千代田工科芸術専門学校を卒業してサウンドエンジニアのキャリアスタート。旧TDKビデオセンター、旧IMAGICA東京映像センターを経て、1997年ソニーPCLに入社。ソニーPCL入社当時の先輩に師事してサウンドデザイン・マルチチャンネル制作を学び現在に至る。2020年までAES会員として日本支部の運営委員を務める。