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JASジャーナル目次
2021summer
空気録音を考える
フリーランス・エンジニア西尾 文孝
概要
新型コロナウイルス感染症拡大によりオーディオ関連イベントの中止が続き、「空気録音」によるユーザーへの試聴体験の提供が試みられている。今回、「空気録音」について実験と考察を行う機会が得られたので報告させていただく。
ABSTRACT
Because of the COVID-19 infectious disease, the cancellation of the audio related event continues, and “Sound-in-room recording (Kuuki-Rokuon)” is offered as an alternative audition experience to users. We had an opportunity of experimental “Sound-in-room recording”, and the consideration of this experiment is reported in this paper.
1. はじめに
新型コロナウイルス感染症拡大により、OTOTENをはじめとするオーディオ関連イベントが次々と中止になってから1年以上の月日が流れた。本格化しはじめたワクチン接種も供給とのバランスで先行きが不透明で、本稿の執筆時点では感染第5波が顕著となり、東京オリンピックを控え4度目の緊急事態宣言が発令される状況となっている。
オーディオイベントの開催は未だ手探り状態ではあるものの、コンサートやライブがストリーミング配信に活路を見出してファンへのアプローチを開始したように、新製品や話題の機器の音をユーザーやマニアに伝えたいメーカーや媒体が、YouTube等の動画配信サービスを利用した取り組みを始めたことはご承知の通りであろう。
筆者もいくつかの「空気録音」と称される動画配信コンテンツを視聴したが、音場や音像の展開が分かりづらかったり、再生空間の影響の方が色濃く出て機器の音の特徴がマスクされていたりと様々で、イベント会場のデモルームを巡って聴き比べるような体験を提供するためには、空気録音に関する指針のようなものが必要ではないかと考えるようになった。
そんな折、日本オーディオ協会の末永専務理事から「空気録音を技術的見地から探る実験をやってみないか?」とのお誘いをいただき、前職で関わったライブレコーディングの経験と視点から空気録音を考察する絶好の機会を得られたので、以下にその内容と結果をご報告させていただく次第である。
2. 空気録音とは
つい最近まで筆者は「空気録音」というものに関して認識がなかったのだが、近年、オーディオ機器や楽器の音の違いをYouTube等の動画配信サービスを通じて個人で発信する行為が自然発生的に増えており、誰が名付けたのか定かではないのだが、その行為が「空気録音」として広まっていったというのが実情のようだ。
私のようなオールドタイマーのマニアにとって、スピーカーで再生している音響空間の音を録音したものは、その空間で聴く音とは全くの別物という意識が強く、真面目に聴こうと思ったことがないというのが正直なところなのだが、コロナ禍によりイベント会場を訪れて音を聴く機会を失ったマニアにとって、「空気録音」だけが何らかの形で新製品や話題の製品の音に触れる唯一の機会となったことから、メーカー・媒体とマニアの双方から注目を浴びるようになったようである。
しかしながら、比較試聴の原点に立ち返ると、スピーカー以外の機器はライン録りした音の方が圧倒的に差が分かりやすい筈だと思うのだが、わざわざスピーカーが介在する「空気録音」が提供されるのは何故だろうか?
この点については筆者も明確な理由を見いだせてはいないのだが、メーカーの試聴室やイベント会場のデモルームの疑似体験の提供・共有を目指していると考えるのが妥当なところではないかと思っている。
3. 空気録音を考える
実際に提供されている「空気録音」コンテンツは録音手法もクオリティも多種多様で、製品の音を聴く機会として成立すれば良しとしているのかも知れないが、イベント会場でデモルームを巡って製品の音に触れるような体験を期待する側にとっては、やはり揃った条件で録音されていることが期待されるのではないだろうか。
試聴室やデモルームの音の疑似体験の提供・共有を目的とすれば、特定の空間で奏でられる音を、その音響特性を含めて極力加工を廃した形で記録できる再現性のある録音手法が必要であろう。
そう考えると必然的にホールやライブハウスでのワンポイントステレオ収録に行き着くのだが、ステージ上の個々の楽器(音源)が発する音を捉えるライブ録音と、2つのスピーカーの間に展開するファンタムな音源を捉える空気録音では、マイクセッティングの考え方が異なってくるのは想像に難くない。
こればかりはやってみないと分からないというのが本音だったが、幸い、評論・ライター活動などもなさっている市川二朗氏に実験の場としてリスニングルームをご提供いただけることになり、4月下旬に丸一日かけて収録実験を敢行した。
4. 実験環境
媒体等を通じて市川氏のリスニングルームをご存知の方もおられると思うが、氏のリスニングルームは故長岡鉄男氏の方舟のコンセプトをベースに建築された天井高の高い広大な方形の部屋で、相当な大音量再生にもビクともしない堅牢な床と一切の音漏れも侵入もない躯体というマニア垂涎の空間である。
適正な吸音処理によって癖のない適度の響きが残され、映像作品鑑賞でも音楽再生でも解像度と臨場感がバランス良く両立していることから「空気録音」の実験空間として好適と判断した。
今回の実験は「試聴室やデモルームの音の疑似体験」をテーマとしたので、リスニングルームに屹立する市川氏の手による長岡式スピーカーシステムは使用せず、株式会社ディーアンドエムホールディングスのご厚意によりお借りできたB&W 702S2 Signatureを、中規模のデモルームを想定してセッティングした。
スピーカーのセッティングには、録音スタジオを参考にした正三角形の頂点にスピーカーとリスナーを置く配置や平行法など様々あることは承知しているが、デモ会場では二等辺三角形の短辺側にやや内振りにスピーカーを配している場合が多いので、これを一般的なセッティングとして採用した。
いくつかのリファレンス音源を用いて立体的な音場展開とリアルな音像が広いエリアで感じられるように調整を行なった結果、やや内振りに置いたスピーカーは間隔210cm、リスニングポジションまでの距離280cmという二等辺三角形のディメンジョンに落ち着いた。(図1)
画像からも分かる通り、壁からかなり離してセッティングできたため直接反射音の影響も少なく、収録条件としても良い方向に整ったと言えるだろう。
5. 収録実験
先に述べたように今回の実験では空気録音の最適セッティングを探るのだが、ホールやライブハウスでのワンポイントステレオ収録では会場と編成毎に最適なセッティングが異なり、空間再現性と音のフォーカス感が得られるようにリハーサルで音を聴きながらマイクの位置とカプセル間距離や開き角を調整する必要があって、異なる会場で再現性のある収録を行うには経験豊富なエンジニアの介在が不可欠となる。
セッティングの精度という点では空気録音も同じレベルの作業が求められることは容易に想像できるが、スピーカーとリスナーの位置関係が決まっている試聴室やデモルームを対象にした収録であれば、スピーカーとリスニングポジションという明確な基点があるため、汎用性のある最適マイクセッティングの手がかりとなる方法論を構築できるのではないかと考え、下記の2つのマイクセッティングを軸に収録実験を行うこととした。(図2)
セッティングA:リスニングポジションに座ったリスナーの外耳近傍にマイクカプセルの先端を置き、マイクの軸線がスピーカーのミッドレンジに向くようにセットし、その軸線に沿って前方に移動させる左右の耳への直接音を意識した収録
セッティングB:リスニングポジションに座ったリスナーの頭を中心からスピーカーのミッドレンジに向けた軸線上にマイクのセットし、その軸線に沿って前方に移動させる空間クロストークを意識した収録
いずれのセッティングの場合も、マイクの高さは着座姿勢の耳の位置を想定して105cmに固定した。
マイクには、ソニー株式会社のご厚意によりECM-100N(無指向性)・ECM-100U(単一指向性)・C-100(広帯域・指向性切り替え)の3機種をペアでご用意いただき、KORG MR-1000の内蔵ヘッドアンプを介してDSD5.6MHzで録音を行なった。
なお、図と文章ではセッティングの違いは明快なのだが、実際のマイクカプセル間距離の違いも軸線の角度の違いも僅かなものとなるので、調整には細心の注意が必要となる。
今回は、最適設定を探るために下記のようにパラメーターを振って収録を行なったため調整と収録に時間を要し、実験会場としてリスニングルームをご提供下さった市川氏に大変ご迷惑をお掛けすることとなった。収録は深夜に及んだが、本実験に対する氏の深い理解と寛容なご対応のおかげで、後述のような貴重な結果が得られたことを付け加えておく。
実際に収録を行ったマイクポジションを下記に記したが、直感的に判りにくい煩雑ものとなってしまったので、図3と照合してご確認いただきたい。
ECM-100N(無指向性マイク)
ECM-100U(単一指向性マイク)
C-100(無指向性モード)
6. 実験結果
前述の通り1つの課題曲について11通りの収録パターンがあり、個々に詳細な評価を述べても筆者の表現力では混乱を招くだけなので、収録方法の方向性を見出すという観点から、下記の3つのポイントで試聴結果をまとめさせていただいた。
なお、試聴評価は収録時のモニターに使用したヘッドホン(ソニー MDR-CD900ST)を用いて実施した。
なぜスピーカーで試聴評価を行わなかったのか?と訝る方が多いことと思うが、その理由については次項の考察で述べさせていただく。
1. セッティングAとセッティングB
セッティングAは全般的に音場の前後の展開が薄く平面的で、部屋の残響が再生音と別れて聴こえる傾向があるが、セッティングBは音場の前後の展開と空間定位感に優れ、部屋の残響も再生音と一体となってリスニングポジションで聴いた音に近い印象。
2. マイクの位置
セッティングA・Bに共通して、リスニングポジションの20cm手前にカプセル位置がある時に定位が最も明瞭。特にセッティングBでは音場の前後の展開が広く明瞭となり、リスニングポジションで聴いた音に最も近い印象。
セッティングBで聴くリスニングポジションの30cm手前の音は左右の展開がやや強調され、リスニングポジションの20cm後方の音は左右の展開がやや狭まることから、実際のスピーカー試聴で位置を変えた際の変化に似た傾向。
3. マイクの種類
無指向性のECM-100Nはスピーカー再生で展開される音響空間をしっかり捉え、空間定位も良好でリスニングポジションで聴いた音に近い印象。
単一指向性のECM-100Uでは各楽器の音が明瞭に捉えられソースの音に近い感じはあるが、リスニングポジションで聴いた音より部屋の残響が低減されてドライになり、無指向性と比べて空間定位の前後方向の展開が平面的な印象。
無指向性モードに設定したC-100は音響空間の捉え方には無指向性のECM-100Nに通じるものがあり、ワイドレンジな音の捉え方は魅力だが、空間がやや甘く感じられる。
以上より、リスニングポジションに座ったリスナーの頭を中心からスピーカーのミッドレンジに向けた軸線にマイクの軸線を合わせ(セッティングB)、頭の中心から20cmの位置に無指向性マイクの先端が位置するようにセットすることで、最もリスニングポジションで聴いた音に近い印象を得られることが分かった。(図3の③)
本セッティングはリスニングポジションで音が最適化されている前提なので、スピーカーの配置や向きに関係なく、ミッドレンジ(2wayスピーカーの場合はツイーターとウーファーの間)に向けた軸線を基準にすれば良い。
本実験とは異なる無指向性マイクを用いて自宅環境や友人のリスニングルームでも試しているが、いずれも良好な結果が得られていることから、汎用性のあるセッティングであることが裏付けられたと言って良いのではないかと思う。
可変指向性マイクの無指向性設定も使えると思うのだが、今回の実験を含めて十分な検証が出来ていない上に、微妙な軸線の設定が求められる本方式ではC-100のようなラージダイアフラム型のマイクは扱いづらかったというのが本音なので、空気録音に挑戦される方には、微妙な調整がしやすいECM-100Nのようなスティック型無指向性マイクの使用をお勧めしたい。
本実験ではJASジャーナル読者の方々にも実際に空気録音の音を体感していただくために、日本オーディオ協会から提供された音源の収録も行なった。
前項に記載した収録パターンから代表的なものをサンプルとして用意したので、実験収録の結果の一端を体感していただければ幸いである。
先に書いたように詳しい理由は次項の考察で述べるが、スピーカーによる試聴では、マイクセッティングのみならず本方式による空気録音そのものが正しく評価できないことが明らかになったので、本音源の試聴は必ずヘッドホンで行っていただきたい。
なお、ウェブブラウザ上で再生するサンプル音源は圧縮音声での提供となっているため、本来のクオリティではないことはご容赦願いたい。
無指向性マイクによる収録音
<音源>
作詞・作曲・歌:南壽あさ子「あなたがいる」
(NHK千葉放送局・千葉県内FMラジオ局共同キャンペーン「NEXT RADIO」キャンペーンソング)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ①(JAS_Vo_100N_LP_LR)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ②(JAS_Vo_100N_LP-20_LR)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ③(JAS_Vo_100N_LP-20_C)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ⑤(JAS_Vo_100N_LP-30_C)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ⑦(JAS_Vo_100N_LP+20_C)
最適位置でマイクを変えた収録音
<音源>
バッハ:パルティータ 第3番ホ長調 BWV1006 より “プレリュード”
ヴァイオリン:福崎雄也
(日本オーディオ協会監修 音のリファレンスシリーズ:USB-1より)
ECM-100N(無指向性マイク):図3 ③(JAS_Vn_100N_LP-20_C)
ECM-100U(単一指向性マイク):図3 ③(JAS_Vn_100U_LP-20_C)
C-100(無指向性設定):図3 ③(JAS_Vn_C100_Omni_LP-20_C)
※これら音源の無断転用は禁止します
7. 考察
前述の収録条件を図にしてみると(図4)、リスナーの眼前10cm程度のところの音を捉えており、左右のスピーカーから放射された音を中心に、左右の耳に到達する直前の音を、部屋の反射や残響を含めて均等に収録していると言って良いだろう。
改めて図を眺めていると、このセッティングの前後5cmの音も確認しておけば…との思いも込み上げてくるが、空気録音にご興味をお持ちの方に是非試していただければと思う。
さて、前項で述べた試聴をヘッドホンに限った理由だが、この点について詳しく述べさせていただく。
実は、長時間に及ぶ作業の途中の何度目かの休憩時間に収録した音を聴いてみようとなった時のこと、筆者はヘッドホンモニターで違和感を覚えることなく収録を進めていたのだが、音源として使用していたスピーカーで再生した瞬間、もっさりした低音を伴って遠くから聴こえるような残響感が強調された定位が曖昧な音が鳴り響き、一同愕然としたのであった。
ある程度残響がある部屋で収録した音を同じ部屋で再生するのだから、残響感が多少強調されてしまうのは当然だが、もっさりとした低音と曖昧な定位はどこから来るのだろうか?ということで、収録の最中にもかかわらず、市川氏を交えて空気録音について白熱した議論になった。(これで既に押していた収録が更に押してしまったのだが…)
その内容も踏まえて整理した結果、空気録音には下記のような課題があり、このことを踏まえた試聴・評価が必要なことが明らかとなった次第である。
ワンポイントステレオ収録による空気録音では、左右のマイクは人間の耳と同様に左右のスピーカーから放射された音を残響のみならず空間クロストークも含めて捉えているので、それぞれ左右のスピーカーからの距離の違いによって生じる位相差干渉で、高い周波数ほど櫛形フィルター特性を伴って減衰してしまう。
これはスピーカー再生音を聴いている人間の耳でも同様に生じていることなので、マイクロフォンが捉えた音を左右完全独立で直接聴く分には問題ないのだが、空気録音をスピーカーで再生して聴く場合には、すでに櫛形フィルター特性で高域減衰して記録された音に重ねて櫛形フィルター特性を掛けることになるため、低域が強調されたもっさりとした音になってしまうのは原理的に避けられない。
そういう意味では、空間クロストークが二重に掛かることを思えばスピーカー再生では定位が曖昧なるのも当たり前で、収録を行なった部屋と機材でスピーカー再生を行うと機材の音色と部屋の響きまで二重に掛かってしまうため、なんとも癖の強い音になって当惑する結果となる。
以上のことから、これらの副作用を排除して正しく空気録音を聴くためには、左右のマイクに収録された音をクロストークや響きの重畳を排して聴く環境が不可欠ということが明らかになった次第である。
少々回りくどい表現をしてしまったが、この条件を満たす手段となるとヘッドホンしか思い浮かばないのは筆者だけではないと思う。
ヘッドホンといえども骨伝導によるクロストークもあるので完璧に条件を満たせているわけではないし、頭内定位で音を判断せざるを得ない難しさもあるのだが、ヘッドホン試聴を必須条件としなければ、ワンポイントステレオ収録による空気録音は成立しないことをご理解いただければ幸いである。
なお、ヘッドホン試聴が必須とするのは本方式に限った条件であり、他の空気録音はその限りではないことをお断りしておきたい。
このように、ワンポイントステレオ収録による空気録音では「左右のマイクに収録された音をクロストークや響きの重畳を排して聴く」ことを前提としたが、「であれば、ダミーヘッドを用いたバイノーラル収録がベストなのでは?」との疑問を持たれた方も多いのではないかと思う。
実は、本実験の前段階ではダミーヘッド収録も候補の一つだったのだが、下記2点の懸念から今回の実験から外したことを申し述べておく。
- ダミーヘッドは入手の点で選択が限られ、しかも概して高価であることから、当初の目的として掲げた汎用性という点で難がある。
- ダミーヘッド収録では固有のHRTF(頭部伝達関数)に固定されてしまうため、ダミーヘッドのHRTFとリスナーのHRTFの乖離度合いによって空間定位がバラついて評価が定まらない。
このように書くとこの領域の技術に否定的と受け取られかねないが、筆者はソニー在職中にHRTFの測定と利用に関する特許も取得しており、特にヘッドホン試聴に限られる空気録音の試聴におけるHRTFの活用には大いに可能性を感じている。
近年ではJVCケンウッドのEXOFIELDやソニーの360 Reality Audioのように、個人のHRTFに最適化する技術を用いることで、よりリアルな頭外定位を実現しつつあることから、これらの技術を活用することで、今回目的としたメーカーの試聴室やイベント会場のデモルームの疑似体験の提供・共有に近づくことが可能になることだろう。
8. あとがき
現時点ではまだまだ先行きが見えない新型コロナウイルス感染症だが、ワクチン接種の拡大や今後開発が期待される新薬の登場により、数年内にかつての日常に近い状態に戻ることは誰しもが望むところだと思う。
そうなった暁には空気録音など不要になるのでは?と考える方も多いかもしれない。
しかし、大規模なオーディオイベントが開催される首都圏や主要都市近郊にお住まいの方にはリアルな体験の場が復活しても、地方にお住まいの方や外に出かけるのが難しい方にとっては、そうしたイベントは他国の出来事も同じである。
社会人になって上京するまで、「一体どんな音がするのだろう?」と雑誌に掲載されたオーディオイベントの写真やレポートに熱い想いを巡らせていた筆者には、そうした方々の気持ちが痛いほど分かる気がする。
もし空気録音によってイベント会場で繰り広げられるデモの様子を自宅環境で聴くことが出来れば、新しいイベントの形と言えるだろうし、立ち入ることも難しいメーカーや媒体の試聴室の音に触れられれば、これまで文章から想像する他なかったオーディオ評論やレポートが、よりリアリティを持って迫ってくるのではないだろうか。
そう考えると、空気録音は時代の徒花のようなものではなく、アフターコロナの時代に根付く可能性が十分にあるのではないかと思っている。
最後にひとつだけ…。
個人的なことで恐縮なのだが、実は、筆者はどうにも「空気録音」という名前が腹落ちせず、(命名された方には大変申し訳ないのだが)この原稿を書いている最中もムズムズし通しだったことを告白しておく。
実際に行なっていることは「空間録音」なのだが、それではなんとも抽象的で間が抜けた感が拭えないので、どなたかセンスのある方が良いネーミングを考案してくださることを願って止まない次第である。
執筆者プロフィール
- 西尾 文孝(にしお あやたか)
1986年ソニー株式会社入社。Sony Classicalプロジェクト向け20ビット録音システム、Super Bit Mapping、Direct Stream Digital、Super Audio CD、ハイレゾオーディオと制作側と再生側の双方で高音質オーディオ技術開発に従事。2005年、第10回「音の匠」顕彰を受賞。
2015年、株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)入社。PrimeSeatの運用と音源制作に従事し、オーケストラ演奏会やジャズライブなど100を超える演奏収録を通じて収録技術を習得。
2020年IIJ退社。2021年7月よりフリーランス・エンジニアとして活動開始。