2021winter

学生スピーカー製作レポート
MTMスピーカー「SUPERNOVA」の製作

芝浦工業大学オーディオ研究会菅野 純

概要

フォステクス製スピーカーユニット「FE126NV」と「FT17H」を使用した、アタッチメントによって密閉型・バスレフ型・セミバックロードホーン型の音質比較検討が出来るMTMスピーカーを製作し、各々の測定並びに考察を行いました。

ABSTRACT

Using FOSTEX speaker units “FE126NV” and “FT17H”, we built MTM speakers that can compare the sound quality of sealed type, bass reflex type, and semi-backloaded horn type speakers by attachments, and measured and discussed each of them.

1. はじめに

我々「芝浦工業大学オーディオ研究会」は2017年に誕生したサークルで、普段はスピーカーをはじめイヤホンやヘッドホンなどを製作して活動しています。昨今は新型コロナの影響で団体としては全く活動できていませんが、各自家に籠って細々と活動を続けています。本案件についても感染拡大防止のため元代表の菅野が家に籠り一人で作業しました。


【写真1】歴代の製作物

今回はフォステクス社よりご提供いただいたフルレンジユニットFE126NVにFT17Hをスーパーツイーターとして追加し、MTMスピーカーを製作しました。本来であれば2020年6月に開催予定だった「OTOTEN2020」で発表する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により中止となってしまったため、JASジャーナル上で発表させていただく形となりました。製作したスピーカーの音を届けられないのが残念ではありますが、簡易的な測定も行いなるべく詳しくお伝えできればと思います。

2. スピーカーの設計・製作

2-1. 設計コンセプト

今作のコンセプトは「いろいろ試せる実験機」です。私が最初に製作したスピーカーは塩ビ管を使用したもので、当時大学1年生だった私は、いろいろな塩ビ管パーツを繋げたり外したりしながら音の変化を楽しんでいました。2年生になるとMDFなどの木材でスピーカーを作ることを覚えてしまい、「作ったら終わり」の発展性の無いスピーカーを生み出し続けました。木材だけでなくコンクリートやガラスなどいろいろな素材に手を出し、音も見た目も面白いスピーカーを作ることはできましたが、やはり発展性という点では塩ビ管には惨敗でした。

最近になって、世界標準のスピーカー設計法を掲載している書籍「自作スピーカーマスターブック」シリーズを参考に、聴感上も測定上も満足のいくMDF製2wayスピーカー(NF-1SIT)を製作することが出来たので、今回は原点に立ち返ろうと思います。セオリーに捕らわれず、思うがままにスピーカーを作っていたあの頃の自分に。特性の良いスピーカーを安価に作れることが自作スピーカーの魅力の一つではありますが、自分で手を加えたときにどのように音が変化するかを実感できるのも醍醐味だと思います。後からでも好きなように手を加えることができ、発展性があり、音の変化が楽しめるスピーカーを作ろうということでスタートしました。

2-2. 使用するスピーカーユニットについて

FE126NVはFE126Enの後継機種として2019年に発売されたフルレンジスピーカーユニットです。NVシリーズとして8、10、12、16、20cmの5サイズがラインナップされており、その中でも12cmサイズであるFE126NVは比較的ピークディップの少ない素直な周波数特性を持っています。FE126Enはバックロードホーン型向きのユニットでしたが、FE126NVはマグネットが小さくなっており、前モデルよりは多少、バスレフ型でも使いやすくなっているのではないでしょうか。フルレンジスピーカーとしての良さは皆さん十分承知であると思いますので、今回はツイーターを追加してネットワークを介し、ウーファー寄りの使い方をしたいと思います。

追加するツイーターはFT17Hです。こちらは30年ほど前から販売されているようで、かなり息の長いユニットです。このユニットを選んだ理由は、ホーンツイーターのため振動板位置が奥まっていて、上下のユニットとアコースティックセンターが合わせやすいと思ったからです。そしてなにより、安価だからです。フォステクスではフルレンジスピーカーの上にホーン型スーパーツイーターを乗せるのが定番となっていますが、FT17Hは取り付け用フランジがついているため、通常のツイーターユニットと同じように箱に取り付けることができます。今回はこれを生かして、箱の上に乗せるタイプのスーパーツイーターでは難しいMTM形式の2wayスピーカーを作ります。

2-3. エンクロージャーの設計・製作

「発展性のある」スピーカーを作るには、まず発展するための土台が必要です。いろいろと箱の形状を考えましたが、最終的にシンプルな「底面開放型」になりました。開いた底面にぴったりフィットするような板や箱を作ることで、密閉型やバスレフ型はもちろん、ダブルバスレフ型やバックロードホーン型、共鳴管型やトランスミッションライン型など様々な形式の箱に変更することができます。後々トールボーイ型のウーファーを作り、それに乗せて3wayスピーカーとして使うことも視野に入れています。今回は土台となる底面開放型箱と密閉型・バスレフ型・セミバックロードホーン型(勝手に名付けました。以下SBH型)の3パターンのアタッチメントを作りました。


【図3】底面開放箱の設計図


【写真6】各アタッチメントの詳細

2-4. クロスオーバーネットワークの設計・製作

クロスオーバーネットワーク(以下、ネットワーク)は本来、軸上の周波数特性だけでなく軸外の周波数特性も考えながら設計しないといけません。特にMTM形式となると上下方向の指向性も重要視しなければならなくなってくるらしいのですが、今回は箱の設計・製作に時間がかかったため、ネットワークはシンプルな1次フィルターになってしまいました(シミュレーションソフトはVituixCADというフリーソフトです)。

2-5. スピーカー完成

エンクロージャーとネットワークが出来上がり、ユニットを取り付けてスピーカーの完成です。今作は「新星」を意味する「NOVA」=「NV」を冠するFE126NVに、FT17Hをスーパーツイーターとして追加しているので、「SUPERNOVA」と名付けました。「SUPERNOVA」=「超新星」とは、大質量の恒星が一生の最期に引き起こす爆発が、地球上では新たな星が誕生したかのように観測される現象のことです。私にとって今作が学生生活最後の作品となるのですが、それが初めてJASジャーナル上に掲載される状況とマッチしていて趣深いと思います。


【写真9】ターミナル部

3. 周波数特性測定

スピーカーの測定は無響室で行うのが理想ですが、あいにく周りに無響室はありません。「自作スピーカー測定・Xover設計法マスターブック」(参考資料[1])によると、6畳間の広さがあれば無響室と同じような測定ができる「疑似無響室測定」というものがあるそうです。詳しい解説は原典に譲りますが、簡単に言うと部屋の反射音の影響を受ける直前までのインパルス応答をフーリエ変換することで、無響室と同じ特性を得られるとのことです。6畳間の自室でトライしてみたのですが、使わないのに買ってしまった家具や今までに製作したスピーカーなどが立体的に積み重なっており、反射音まみれの特性になってしまいました。どうやら家具やカーペットなど音波を反射・吸収する物が多くあると、うまく反射波を分離することが難しいようです(皆さんの部屋は私の部屋ほど物が多くないので大丈夫だとは思いますが)。そのため今回の音圧周波数特性は、反射音の影響を無視できる「Nearfield測定」でスピーカーの低域周波数特性だけを測定しました。インピーダンス特性は部屋の影響を受けないため、全帯域測定しています。

3-1. Nearfield特性の注意点

Nearfield測定には高域測定限界があり、fmax=10950/(振動板直径[cm])で求められます。FE126NVの有効振動板直径は46mmのため、計算で高域限界は1,190Hzと分かりました。そのため掲載するデータをその近辺でカットしています。またNearfield特性にはバッフルステップの効果が含まれていないことも注意しなければいけません。したがって製作した箱のバッフルステップをVituixCADにてシミュレーションし、低域周波数特性に加味しています。


【図9】バッフルステップのシミュレーション


【写真10】Nearfield測定の様子

3-2. 密閉型の周波数特性

密閉型エンクロージャーの音圧周波数特性・インピーダンス特性を以下に示します。

右図より箱の共振周波数fbは135Hzと分かり、低域の肩特性は密閉型らしいものになっています。実際に聴いた感じと比べても違和感は無いと思います。700Hzからの急峻な盛り上がりが、本来の特性なのか、測定方法が悪かったのかは分かりません。高域のインピーダンス特性について、シミュレーション上のものと比べると若干誤差が確認できますが、素子自体の誤差やケーブルの抵抗によるものだと思われます。

3-3. バスレフ型の周波数特性

バスレフ型エンクロージャーの音圧周波数特性・インピーダンス特性を以下に示します。

fbは90Hzで、密閉型より低域の量感が出ていることが分かります。こちらは聴感上もう少し低域が伸びているかなという印象です。バスレフ型でも700Hzからの盛り上がりが確認できますが、依然として原因は謎のままです。インピーダンス特性はきれいにバスレフ型らしく出ています。

3-4. セミバックロードホーン型の周波数特性

SBH型エンクロージャーの音圧周波数特性・インピーダンス特性を以下に示します。

fbは60Hzで、90°折れたホーンダクトによるインピーダンスの乱れは見られません。しかし音圧周波数特性にはダクトの影響が顕著に出ており、500~600Hzで約15dBのディップが確認できます。ホーンダクトの長さが30cmあるので、ダクト長が半波長に相当する566Hz近辺の周波数が共鳴し逆位相としてダクトから漏れているのではないかと思います。

4. インプレッション

4-1. 高域のインプレッション

3タイプのアタッチメントを製作しましたが、エンクロージャーの形式に左右されない高域の印象をまず述べたいと思います。一番に感じられるのは、音像定位の良さです。MTM形式のメリットが発揮されているようで、フルレンジ単体と比べると音源の位置や空間の広がり感がハッキリしています。ユニット間のアコースティックセンターが近いことも定位の良さに一役買っているのではないでしょうか。通常の2wayスピーカーではなかなか味わえない魅力的な定位の良さが、MTMスピーカーにはあると思います。より急峻なスロープでカットオフすればミッドウーファーからの高域の漏れが減り、さらに点音源に近づくと思われます。

次に印象深いのがトランジェントの良さです。フルレンジ単体では分割振動に埋もれていた細かな音が、スーパーツイーターの制動が効いた軽量な振動板から再現されています。1次フィルターなのでミッドウーファー由来の高域がまだ残っていますが、先に述べたようにFE126NVは大きなピークディップが無いため、耳障りなところはあまりありません。むしろほどよくコーン紙の響きが残っていて、ヴァイオリンの弦の擦れる音やアコースティックギターの余韻など、弦楽器の艶を引き出しているようにも思えます。時間がなく簡単なネットワークになってしまいましたが、スーパーツイーターの過渡応答の良さとペーパーコーンフルレンジの程よい響きが共存しており、悪くない出来だと感じました。

一方、音量を上げて聴くとスーパーツイーターの歪み感が目立ちます。ユニットの最低共振周波数付近の3~5kHzが減衰しきっておらず、振幅が増えることで高調波歪みが出ているのだと思います。これを防ぐためにはフィルターの次数を上げ、4th order Linkwits-Riley(LR4)のアコースティックスロープでカットオフしたいところです。ミッドウーファーも同様LR4のスロープでカットオフすれば、さらにキレの良い高域になり透明感のある音質になることでしょう。

4-2. 密閉型のインプレッション

軽量な振動板のフルレンジユニットを、ユニット1つあたり5Lという小さい空気容積の箱で密閉型にしたため、予想はしていましたが低域の迫力は全く感じられません。空気室を増やすアタッチメントを作ればもう少し量感は出そうですが、そもそもFE126NVは密閉型向きのユニットではないため、いい結果が得られるかは微妙なところです。

しかし、密閉型はエアサスペンション型とも呼ばれるように、空気バネによる制動が効いた音が魅力的です。ウッドベースのボディの響きが付帯音なく再現されていて、複数のボーカルが歌っていてもそれぞれの口の動きがイメージできるような解像度の高さもあります。バスレフ型で起こりがちな中域の漏れや気柱共鳴が発生しないというメリットを活かし、低域は諦めて吸音材を増やしスコーカーとして使用すれば、25cm程度のウーファーと組み合わせたときに全体としてクォリティの高い3wayシステムになるのではないでしょうか。

4-3. バスレフ型のインプレッション

密閉型と比較すると低域の量感が増えて鳴らせる音楽の幅が一気に広がった印象です。密閉型では不足していたバスドラムのアタック感や、打ち込み系音楽の低音の輪郭がはっきり出ており、ボーカルやピアノなどは全体的に厚みのある音になりました。

一方で、低域の減衰スロープが密閉型より急峻になったせいか、量感はあっても伸びは感じられません。50Hz以下の深い低音はほぼ聴こえず、痒いところに手が届かないような印象です。FE126NVのfsが79.1Hzなので、あまり求めすぎても暖簾に腕押しでしょうか。空気容積を倍程度に増やしてうまくチューニングできれば、より自然な低音になると感じました。今の状態なら、デスクトップに置きニアフィールドで低音を補う聴き方が最適解かもしれません。

4-4. セミバックロードホーン型のインプレッション

計算などはせず、思いのままに設計したSBH型ですが、意外にもまともに鳴ってくれて驚きました。このタイプの箱は今までいくつか製作したことがあるのですが、すべてに共通しているのが開放感のある音だということです。バスレフ型と比較して断面積の大きいダクトが振動板の背圧を減らし、振動板がストレスなく振動できていることがそうさせているのではないかと考えていますが、真相は定かではありません。今回のこのタイプも同じように開放的な音で、後面開放型のような開放感と、バスレフ型の低域の量感を両立している印象を覚えました。実際550Hz付近でディップが生じていますが、低域に目をやると単なるバスレフ型より下まで伸びていて、ベースとなる楽器がしっかり音楽全体を下支えしているのが分かります。開放感は悪く言えば抜け感で、長く振動が続くような低音だと空振りしている印象もありますが、ドラムなど打楽器系の音は空間に染み渡るような、浸透力のある音で再生されます。周波数特性を平坦にしようとするならこのタイプは不向きかもしれませんが、楽器の響きや余韻を引き出すならアリだと思います。後継機を作るなら、ホーン長を倍にしてもっとロードがかかるように設計してみたいところです。

5. まとめ

今回は「実験機」をコンセプトとした2wayMTMスピーカー「SUPERNOVA」を製作しました。結果としては、いろいろな発展の可能性を残した「土台」として十分に機能する作品を作ることが出来たと思います。同じユニット構成でいろいろなタイプの箱の音の違いを確認できるのは単純に楽しかったですし、改めてそれぞれのメリット・デメリットを確認できる良い機会となりました。正直言えば、密閉型とバスレフ型は通常のスピーカーでもダクトを塞いだり開けたりすればすぐに比較できるものなので、次回は比較がしにくいようなタイプのアタッチメントを作りたいです。

最近は測定やシミュレーションが比較的簡単にできるようになり、スピーカーユニットごとに「最適解」の使い方を割り出しやすくなってきています(私はまだ素人なので今回の測定やシミュレーションが正しく行われているか不安ではありますが…)。測定による客観的評価を重要視する設計方法について、日本は海外と比べてかなり遅れているらしいので、私を含め日本のスピーカービルダーは積極的に学ばなければならないと思います。参考資料に挙げた書籍は設計手法が非常に分かりやすく理論的に書かれているので、ぜひ読んでみてください。

一方で、今作のように特性の良し悪しは一旦置いておいて、最適解ではない自由な発想による作り方を勧めていっても良いのではないでしょうか。自分の手でいろいろ手を加えているうちに、特に初心者の方は思いがけない発見があるかもしれません。革新的な発見はなくとも、その人が「自作って楽しい」「音って楽しい」と気付いた時、日本オーディオ界の未来は少し明るくなるでしょう。そういった「新星」が増えていけば、またオーディオブームが巻き起こるかもしれません。

今作は実験機ですので、これが完成ではありません。ネットワークもエンクロージャーもまだ発展の可能性を残しています。LR4のネットワークやバックロードホーンのアタッチメント、3way化するエンクロージャーなども製作し、疑似無響室測定と併せていずれ発表できたらと思います。今回は新型コロナの影響で実現できませんでしたが、動画形式での発表も行いたいと思います。まぁ私は引退するので、あとは後輩諸君にお任せすることになるのですが…。

最後まで拙い文章を読んでいただきありがとうございました。芝浦工業大学オーディオ研究会の次回作にご期待ください。

6. 参考文献

執筆者プロフィール

菅野 純(すがの じゅん)
山形県出身
好物:肉そば 嫌物:ハーブティー
芝浦工業大学入学後、オーディオ研究会を立ち上げる
2021年4月から国内音響メーカーにて勤務予定

芝浦工業大学オーディオ研究会Twitterアカウント
https://twitter.com/SITAUDIO127