2021winter

Qualcomm® aptX™ Adaptive
コーデックの紹介

クアルコムCDMAテクノロジーズ 製品マーケティング大島 勉

概要

有線からの置き換えとして、市場を牽引するBluetooth®無線における音楽リスニング・動画視聴・モバイルゲーミングのユースケースに対応するためにクアルコムが開発したコーデックaptX™ Adaptiveは、高音質、低遅延、音途切れに対する接続性能を兼ね揃えたコーデックであり、無線受信環境の変化に合わせて自動的にビットレートを調整し音途切れを回避するため、厳しい無線環境下での音質維持が可能で、最適なオーディオ品質をユーザーに提供するために設計されている。このaptX Adaptiveの特徴と優位性、サブセットとなるaptX Voice併せて当社のオーディオ関連技術のポートフォリオの紹介をする。

ABSTRACT

This paper introduces aptX™ Adaptive designed to provide a viable Bluetooth® wireless alternative to wired audio devices for applications including music listening, video viewing  and mobile gaming. This groundbreaking new audio coding technology combines premium audio quality, low-bit rate audio transmission, low-latency, and scalability to help create the ultimate superior wireless listening experience for end users, and the codec is designed to automatically adjust to provide optimum audio quality or latency depending on what content is being played on the device while also taking the external RF environment into account to ensure robustness. This paper also explains aptX Voice as a subset of aptX Adaptive, and portfolio of audio technologies.

1. はじめに

CDクオリティの高音質オーディオとして知られるaptXコーデックは、BBCやNHK等公共放送局および映画製作会社の間では長年にわたり採用されており、2009年よりBluetooth製品向け音声コーデックとしても応用された技術である。プロオーディオ製品で培われたaptX技術を、Bluetooth A2DPプロファイルの必須音声コーデックのSBCで感じられていた音質の低さを改善することを狙い発表された。現在では、約90億台の機器にエンコーダー、約2億3千万台の機器にデコーダーが実装されている。本稿では、aptXの最新コーデックにあたるaptX AdaptiveをCDリスニングからモバイルフォンを使ったハイレゾオーディオのストリーミング時代へ切り替わることへの新たなリスニング提案の一つのソリューションとして紹介する。

2. クアルコムの会社概要とプラットフォームの紹介

設立:1985年7月
本社所在地:米国カリフォルニア州サンディエゴ市
社名の由来:Quality Communications
社員数:41,000名
2020年度売上高 : 2兆4千億円以上(1ドル105円換算)
ワイヤレス通信半導体で世界最大
売上高比率で約20%の積極的な研究開発投資を継続

クアルコムのビジネスモデルを一言で表現するとEnablerになる。エンドユーザー向けの最終製品を提供するのではなく、パートナーのビジネスを後押しする黒子という立場で、 研究開発の成果を、ライセンス・半導体などの形で、メーカー・通信事業者・アプリケーション開発者などに向け提供している。そして、これらの事業からの売り上げを継続的に研究開発に再投資するサイクルによって、エコシステム拡大を可能にしている。成立済み・申請中の特許件数は14万件以上で、ライセンス契約をしている企業は300社以上になる。クアルコムのビジネスモデルの起点は研究開発による先進的な技術開発である。

このグラフは過去10年の研究開発費と売上高に対する比率の推移を示しており、クアルコムは売上高比率で約20%の研究開発投資を継続している。2020年度の研究開発費の実績はUS 1ドル105円換算で6,200億円以上となる。積極的な研究開発活動がクアルコムの事業の根幹である。

積極的なIP研究開発投資と各アプリケーションに適応したプラットフォーム

積極的なIP研究開発投資を行い、そこで生み出される数々のオーディオ関連技術(ハードウェア・ソフトウェア)は、高音質、接続性、低遅延、没入型3Dオーディオ、音声認識技術などを統合しプラットフォーム内に組み込まれ、そして各メーカーによる製品への実装を経てエンドユーザーのもとに届けられる。

例えばスマートフォンに実装されるSnapdragon™モバイルプラットフォームやBluetoothヘッドセット製品向け、ホームシアター製品向け、スマートウォッチなどのウェアラブル端末向けのプラットフォームなど、自宅や外出先でも常に優れたオーディオ体験を得られ、エントリーからハイエンド製品までカバー可能なデバイスラインナップとオーディオ産業の多様なエコシステムに適応できるプラットフォームである。代表的なオーディオ関連の技術を以下に示す。

3. クアルコムの持つオーディオ技術の数々

コーデック(ソフトウェア・ハードウェア)

Qualcomm® aptXはSBCのように聴覚心理モデルによるマスキング処理を使わない独自のアルゴリズムを使用することで、原音に忠実な周波数特性を実現させる高音質オーディオコーデック(ソフトウェア)である。

Qualcomm Aqstic™オーディオコーデック(ハードウェア)は、スマートフォン、タブレット、Snapdragonが実装されたWindows® PCなどのモバイル製品をサポートし、Always Onといった低消費電力での音声入力の待ち受けと音声処理、オーディオ出力部もLPCM 384kHz/32bit、DSD対応のほか、S/NやTHD+N特性といったオーディオ静特性もHiFiレベルの性能になっている。

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Bluetooth完全ワイヤレスイヤホン・ヘッドセット・スピーカー向けSoC

昨今、オーディオ製品の中で高い成長率を示す完全ワイヤレスイヤホンであるが、当社のQCC51xx, QCC30xxシリーズは小型かつ長時間再生が望まれる完全ワイヤレスイヤホン製品向けに開発されたBluetooth SoCでありANC、ボイスアシスタント、aptX Adaptiveにも対応し、数多くの製品に採用されている。

デジタルアンプ

Qualcomm DDFA™はハイエンドオーディオブランドの製品にも数々の採用事例のある独自デジタル方式の高速・高精度なフィードバック機能を実装し、アナログアンプに匹敵する低歪みと高S/Nを実現可能とするデジタルアンプデバイスである。

サウンドバー・AVレシーバー向けアプリケーションプロセッサー

QCS400シリーズは、DOLBY ATMOS®、DTS:X®といったオブジェクトオーディオ、機械学習処理、超低消費電流で実行可能な音声認識、最大32chのマルチチャネル音声処理、LPCM 384kHz/32bit、及びDSD対応 aptX Adaptive にも対応したアプリケーションプロセッサーである。プロセッサコアーはCortex-A53のクアッドコア、DSPはSnapdragonモバイルプラットフォームでも最高峰のティアで採用されているものを統合しており、オーディオ処理とHexagon Vector eXtensions(HVX)の技術を活用した演算処理のデュアルDSP構成を採用している。

スマートスピーカー向けアプリケーションプロセッサー

当社のプラットフォームは、ワイヤレススピーカー、スマートスピーカー、Hi-Fiシステムなど、事実上すべてのタイプのスピーカー向けに適応できるよう設計されており、高音質、低遅延、優れた接続性をもつ。

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4. aptX Adaptiveの紹介

当社では毎年、世界5ヶ国(日本・アメリカ・イギリス・ドイツ・中国)の5,000人を対象にオーディオ製品に関するインタビュー・アンケートを行い、エンドユーザーが何を求めているのか、また何がボトルネックとなり製品の購入を阻害しているのかなどを専門のチームが調査・解析を行っている。2020年上半期に行った調査では、Bluetoothオーディオ製品で購入時に最優先事項となるものは、音質であった。またゲームをする際に約50%のユーザーがワイヤレス環境で音声出力をおこなっており、25%のユーザーが音途切れが起こることを心配要素として、Bluetoothイヤホン購入を躊躇っているという事もわかった。

当社がaptXの最新ラインナップとして発表したaptX Adaptive は、開発当初から有線品質からの置き換えということがコンセプトとされ、高音質、低遅延、音途切れに対する接続性能を兼ね揃えたコーデックであり、無線受信環境の変化に合わせて自動的にビットレートを調整し音途切れを回避するので厳しい無線環境下での音質維持が可能であり、またユースケースに合わせて自動的に低遅延モードに切り替える仕様となっている。

Snapdragonモバイルプラットフォームは、アプリケーションプロセッサー、ベースバンド処理、Wi-Fi®、Bluetoothコネクティビティ、RFフロントエンドなど、全て自社でハードウェア・ソフトウェア開発を行っているものであり、ユーザーがどのような無線環境下にあるか、音楽を聴いているのか否か、音楽を聴いている場合そのファイルのフォーマットは何か、または動画視聴をしているのか、ゲームを操作しているのかなどその状況をプラットフォームレベルで知ることは可能である。ゲームを操作している場合、サンプルレートを保ったまま低遅延を達成することが可能である。

外出先で96kHz/24bitの高音質モードで音楽を聴いている際、無線環境の悪い場所に移動し音途切れが発生する恐れがあると端末が認識するとシームレスにビットレートを落とし、音途切れを事前に回避する。すなわちユーザーが、96kHz/24bit高音質モードや低遅延モードを自身で切り替える必要はなく、状況にあったベストなコーデック設定をシステム中で自動的に行う。aptX Adaptive を採用したモバイルフォン・タブレット端末と完全ワイヤレスイヤホンやBluetooth製品の組み合わせで、本機能を使用することができる。

また既に市場で多くの採用実績のあるaptX, aptX HDとも互換性が保たれる。(例)aptX Adaptive対応モバイル端末とaptX HD対応ヘッドセットを組み合わせた場合、aptX HDのコーデックが選択される。遅延量を見るとaptX Low Latency(<40msec)に比べてaptX Adaptive(50msec~80msec)は遅延量が大きく感じる方もおられると思うが、aptX Adaptive中にある低遅延モードの原理は、aptX Low Latencyと基本同じである。aptX Adaptive の50msec~80msecはAndroid上のシステムレイテンシーを含んだ遅延時間となっている。なお当社以外のコーデックは、概ね250msec程度であることから考えると、aptX Adaptiveが、動画視聴・携帯端末でのカジュアルゲームをBluetoothオーディオ経由で難なく行うことができる低遅延性能をもっていることがご理解いただけると思う。

音質面ではさらに、静特性だけでなく、音響工学を学ぶ耳の肥えた学生や演奏家を目指す学生がいる英サルフォード大学と提携し、聴感上の性能を追求している。96kHz/24bit音源を使い有線オーディオとaptX Adaptive搭載オーディオの音を幾度も試聴し、多数の試験者にて差がわからないレベルになるまで時間をかけてアルゴリズムチューニングを行った。具体的には最初に音源を聴き、その後で音源と圧縮音楽がランダムに再生され基準となる音源との差をチェックして、違いを「わからない」「わかるが気にならない」「気になるが支障とならない」「支障となる」「非常に障害となる」の5段階で評価をする。

各コーデックの静特性について以下に列挙する。

aptX Voiceの紹介

携帯電話の4G音声通話(VoLTE)に採用されているコーデック EVS(Enhanced Voice Service)は、サンプリング周波数 32kHzであることから既に高いポジションにあった。5Gではさらに高効率なコーデックも採用されており、よりクリアな音声通信が可能になる。一方で、BluetoothのHFP(ハンズフリープロファイル)で採用されているコーデック mSBCは、サンプリング周波数が16kHzであったため、4G、5Gの持つ音声通話の高音質を転送するには不十分であった。aptX VoiceはaptX Adaptiveのサブセットであるが、音声通話に特化したアルゴリズムを採用している。サンプリング周波数は32kHzで、4G、5Gの持つ音質を損なわない明瞭な高品質通話を実現するコーデックである。aptX Voiceを使用することにより、Bluetoothヘッドセットなどの通話を格段に高音質化することが可能となる。

aptX Adaptiveの採用端末について

2020年末時点で5G対応端末を中心としたソニーモバイル、シャープ、富士通コネクテッドテテクノロジーズ、LG、ZTE、Xiaomi、OnePlus、ASUSといった端末でaptX Adaptive は採用されている。

採用製品紹介リンク:
https://www.aptx.com/product-listing?aptx_type=336

5. まとめ

技術進化のスピードや流行の変遷が速いスマートフォン市場やコンスーマーオーディオ製品市場に対応するため、当社はこれまで多くの開発投資を行い、その中で生まれた技術資産のひとつであるaptX Adaptiveコーデックを中心に紹介した。時代とともに音楽や映像コンテンツの楽しみ方も多様化しているが、メーカーがエンドユーザーから共感を得られる画期的なオーディオ製品開発を後押しするプラットフォームを当社は提案していく。最後にクアルコムの今後の動向に興味を持っていただけたら幸いである。

執筆者プロフィール

大島 勉 (おおしま つとむ)
外資系半導体メーカーでDSP、SoC、アプリケーションプロセッサー製品の技術職及びマーケティング職に21年間従事。2015年クアルコム入社。製品マーケティングとして音声認識を含むオーディオ製品、ウェアラブル端末、IoT関連製品への自社ソリューションの普及に注力している