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- JASジャーナル2020年11月号
- 連載:「私の好きなこの一曲」Vol.6「Smile」
JASジャーナル目次
202011
連載:「私の好きなこの一曲」Vol.6
「Smile」
一般社団法人日本オーディオ協会会長小川 理子
数々のコメディ映画を作り上げ、喜劇王の異名をもつチャールズ・チャップリンが、1936年に大ヒットさせた映画「モダン・タイムス」のテーマ曲として作曲しました。この時には、まだ歌詞がついておらず、18年後の1954年、作詞家のジョン・ターナーとジェフリー・パーソンズが歌詞をつけ、ナット・キング・コールの甘い歌声で歌い上げられました。その時にはじめて「Smile」というタイトルがつき、その後も数多くのミュージシャンがカバーしています。ダイアナ・ロス、エリック・クラプトン、ロッド・スチュワート、エルビス・コステロ、マイケル・ジャクソン、MISIAなどなど。
メロディーの美しさにも泣けるのですが、歌詞が素晴らしくて、悲しい時でも辛い時でも笑顔でさえいれば乗り越えられる、という内容です。私は2011年東日本大震災が発災した時に、災害支援の責任者をしていました。電池や暖房器具や懐中電灯やソーラーランタンなど、被災地で必要とされている物資を届けることに必死で、長い間、自分の表情から笑顔が消えていました。そんな時、テレビに東京のミュージシャンたちの支援活動が映し出されていました。あの頃、被災地で最も多く歌われていたのが、「上を向いて歩こう」と「Smile」でした。被災された方々は本当に辛く苦しく悲しいはずなのに、歌を聴いて「元気をもらいました」「頑張れそうです」と感謝の気持ちを伝えておられる。その姿を拝見していて、音楽の持つ力を改めて実感したものです。それ以来、私は演奏する機会があるたびに、「Smile」を歌うようになりました。一番新しくリリースした私のアルバム「BALLUCHON」の中にも収録されています。
さて、このコロナ禍で皆マスクをするようになって、笑顔のシンボルともいえる、口もとのスマイルカーブが見られなくなりました。もちろん、目が笑っていることからでも、笑顔であるという表情の一部を読み取れるのですが、やはり、口もとのスマイルカーブが見れなくなってちょっと寂しい気持ちです。私が小学生の頃に大流行したラブピースは、黄色くて真ん丸の顔に、ちょこっとした目が二つと、大きなスマイルカーブ。シンプルなキャラクターデザインなのにとても好きになって、何かにつけてラブピースをコレクションしていました。元はと言えば、アメリカのヒッピーたちが自然保護や反戦を訴えるシンボルマークとしてラブピースを使っていたのでした。日本では「ニコちゃんマーク」「ニコニコマーク」「スマイルマーク」と呼ばれていたようですが、私は断然「ラブピース」と呼ぶことが好きでした。どうやらその時に、笑顔、愛、平和、という連想が私の中に定着したようです。私自身、音楽は愛から生まれる、と思っていますので、私の中では、音楽、愛、笑顔、という一体となったつながりがあるのです。
ちょっと横道にそれますが、マスクといえば、先日ちょっとした発見がありました。10月末に大阪のいずみホールで、大阪フィルハーモニー交響楽団と共演する機会があったのですが、コロナ禍でのコンサートですのでリハーサルは全員マスクをつけていました。私も指揮者もです。とてつもなくやりにくくて、ソロにも集中できず散々でした(さすがに本番は、ソリストと指揮者はマスクなしで演奏できましたが)。その集中できなかった理由が、マスクによって「音の聴こえ方」が違うのです。高域が曇るのです。音響研究所にいたときに、ダミーヘッドを使っての実験で、耳そのものの形や、耳の周辺の顔の形状で頭部伝達関数が違ってくることを確認できていたものの、まさか顔表面のマスクによってこれほどの違いが発生するとは、自ら人体実験をしたようなものでした。よく考えると、マスクは顔の約半分を覆ってしまうので、その影響は無視できないのは当たり前でもあるのですが、実感できたことは貴重でした。聴こえ方以外に、視覚的にもマスクが視野に入って、鍵盤への集中にも欠けたように思います。こんな影響があるなんて・・・。驚きでした。
マスクをしていても、口元のスマイルカーブを忘れずに・・・。