ヘッドホン・イヤホンに求められる「性能」とは?
周波数特性・インピーダンス・位相・歪率・能率(音圧レベル)
ヘッドホン・イヤホンの設計に際しては、以下のように代表的な性能を計る項目があり、パッケージに性能についての具体的な数値を記した内容がある製品もあります。メーカーは商品企画を踏まえた性能の目標を設定して達成するほか、より優れた性能を実現する製品開発を目指しています。
再生周波数帯域(周波数特性)とは?
製品のパッケージには「再生周波数帯域」という項目があり、◯◯Hz~◯◯kHzといった表記がなされます。再生周波数帯域はある条件で測定可能な音声信号の範囲を意味しています。再生周波数帯域とは、周波数特性を測定した結果を踏まえて再生可能な周波数の下限から上限までを数字として表記したものです。推奨ロゴを使用しているヘッドホン・イヤホンは、共通の基準にのっとって、40kHzまでの再生周波数帯域が保証されています。
周波数特性とは、一般的には周波数とある物理量の関係を表したもので、グラフとして表すことができます。ヘッドホン・イヤホンの場合は、入力電圧を一定にした状態で、信号発生器からの周波数を変化させた時に、出力される音圧のレベルがどのように変化するかを表したものです。
インピーダンスとは?
製品のパッケージには「インピーダンス」という項目があり、◯◯Ωといった表記がなされます。ヘッドホンに流れる音楽信号は交流電流によって作られていますが、インピーダンスとは、交流電流に対する電気抵抗のことです。インピーダンスの値が小さいと電気が流れ易く、大きいと電気が流れ難くなります。インピーダンスが32Ωを超えるものはインピーダンスが高いと言えるでしょう。伝統的に業務用に使われてきたヘッドホンには特にインピーダンスの高い製品もあります。
インピーダンスが高いヘッドホン・イヤホンは、アンプに左右されにくい傾向にありますが、ヘッドホンアンプを通さないと十分に大きな音で音楽を聴けない場合があります。他方、インピーダンスが低いヘッドホン・イヤホンは、組み合わせるポータブルプレーヤーにかかわらず十分な音量で楽しむことができますが、インピーダンスが低くかつ高能率なヘッドホン・イヤホンはポータブルプレーヤーのノイズが目立ちやすい場合があります。
歪(ひずみ)とは?
ヘッドホン・イヤホンの性能を計る指標の一つとして歪(ひずみ)があります。歪とは、入力された信号を出力する場合に、その出力した信号に混ざる入力信号以外の周波数成分のことで、もとの音楽信号の倍数の成分が混ざることで知られています。一般に、偶数倍の成分よりも奇数倍の成分のほうが耳障りとされます。
出力音圧レベル(能率・感度)とは?
製品のパッケージには「出力音圧レベル」という項目があり、◯◯dBといった表記がなされます。出力音圧レベルは「能率」や「感度」という表記がされる場合もあります。出力音圧レベルとは、入力された特定(典型的には500Hzまたは1kHz)の信号に対して変換器がどれだけ効率良く信号を出力できているかを示す数値のことです。ヘッドホン・イヤホンの場合、出力音圧レベルが高い程、少ない電力で、より大きな音圧を出すことができます。
これまでの取り組みと課題
背景
アナログレコード、テープレコーダーを使用していた時代から、1982年のCDプレーヤー発売を機に、試聴機の主流はデジタルプレーヤーに移り変わっていきました。デジタルプレーヤーの利点は、ノイズがほとんど無いこと、繰り返し試聴の際の再現性が高いことでした。音質の面では、チャンネルセパレーション改善、ダイナミックレンジの拡大、低域の歪改善などの優位性がありました。
一方、アナログプレーヤーの再生音が持つ雰囲気を好む声もあり、その声にこたえる手法として、CD音源に信号処理を行い、帯域拡張・ビット拡張を行う技術も各社から提案され、機器に搭載されるようになりました。そして、2000年には、CD以上の情報量を持ち、ハイレゾ時代の先駆けとなるDVD-AUDIOやSuper Audio CDも登場しています。
ヘッドホン・イヤホンの高域特性の向上について
高域特性を改善することはヘッドホン・イヤホンの性能向上に対して、有効な手段のひとつです。ヘッドホン・イヤホンの高域性能向上の手法としては、下記のようなものがあり、各社が独自に開発を行ってきました。
- ・スピーカーと同様に振動板の素材に伝播速度の高い素材を採用したり、振動板の形状を検討して、高域共振分布を制御する
- ・振動板と耳との間の経路にある部品の形状、素材を検討し、高域音響特性を改善する
- ・ボイスコイルの高域インダクタンス上昇を抑える
高域特性の改善効果については、聴感評価はもちろんのこと、音圧周波数特性の測定評価も行っていました。測定評価に当たっては、CDプレーヤーの再生帯域上限を超える20kHz以上の帯域まで測定する製品もありました。
- (1)伝播速度と高域特性
- 伝播速度とは振動板を伝わる振動の速度のことです。振動板材料の伝播速度が大きいほど、高い周波数の音を再生しやすくなります。伝播速度の大きな材料を振動板に使用すると、高域の音圧は上がりますが、聴感上で音がきつくなることがあります。このような場合は、振動板の形状を工夫したり、別の素材と組み合わせて複合材料として使用したりして、音質面での改善を図ります。
- (2)共振分布と高域特性
- ヘッドホン・イヤホンでは周波数特性に共振、共鳴によるピークやディップが生じることがあります。この複数のピークやディップの並び方を総称して、共振分布と呼んでいます。共振、共鳴は高域に多く発生するので、共振分布をうまく調整することで、高域特性を改善することが可能です。
- (3)ボイスコイルのインピーダンスと高域特性
- ヘッドホン・イヤホンのボイスコイルは、電線をコイル状に巻いた部品です。コイルの特性として周波数が高くなるとインピーダンスが上昇し、電流が流れにくくなり、結果的に高域の音圧が低下することになります。この影響を低減し、高域特性を改善するために、ボイスコイルの巻き方を調整したり、磁気回路に工夫を行うことがあります。
- (4)振動板と耳の間の経路にある部品と高域特性
- ヘッドホン・イヤホンの振動板と外耳道の間には、様々な役割を持つ部品が存在します。代表的なものとしては、振動板の保護用のカバー、異物混入防止用フィルター、イヤーパッド、イヤーピースなどがあります。耳までの経路にこれらの部品があることで、音の反射・吸収が起こり、高域特性に影響を与えています。
各部品の材質、形状を工夫することで、高域特性を改善することが可能です。
測定方法
当時のヘッドホン・イヤホンの測定方法は、現在と同じ測定器構成で行っていました。集音部(ダミーヘッド)以外の機器(測定音源、増幅アンプ、マイクアンプ、分析器)は、ほぼスピーカー測定環境と同じでした。スピーカーの測定に関しては、当時から20kHz以上の帯域まで測定を行っていましたので、ヘッドホン・イヤホンについても20kHz以上の帯域までデータを取ることは出来ていました。ダミーヘッドとはヘッドホン・イヤホンと集音マイクを音響的に結合し、実使用状態をシミュレートするために必要な測定器のことです。
当時主流のダミーヘッドでも、内蔵マイクの性能は40kHzまで測定可能でした。しかしながら、音響結合部(ダミーヘッドに内蔵される擬似耳、カプラ)の音響特性が20kHz以上の帯域で保証されておらず、特性にピーク・ディップなどが発生していました。
(図1)ダミーヘッド説明図
ダミーヘッドとは,人間の頭部および耳の形状を模した測定装置で,人間の鼓膜の位置に取り付けられたマイクで集音することで,実際に人間が音を聴いている状態を疑似的に再現し,本来の音響性能が発揮された状態での測定を可能にするものです。
評価方法
20kHz以上の帯域での特性評価は、ピーク・ディップの影響や音圧低下を考慮に入れながら、相対的な比較で実施していました。基準となるヘッドホン・イヤホンと比較して高域の音圧分布の変化を確認し、評価するだけでなく、聴感との相関も重要でした。CD音源の試聴でも、20kHz以上の帯域の特性変化で、可聴帯域での音質が変化することが、経験上わかっていたからです。