「音叉と音叉に関わる『音』の話」
音楽用音叉や医療用音叉等、さまざまな音叉の説明や製作の苦労話、ご自身の生い立ち、創業から今日に至るニチオン様の発展の様子などについて寄稿していただきました。
JAS Journal
2017年1月号(Vol.57 No.1)
※クリックで掲載ページへ
本田 泰(ほんだ ゆたか)様
1932年 |
荒川区日暮里にて将隆の次男として生まれる |
1956年 |
株式会社日音理科器械製作所へ入社 |
1966年 |
専務取締役に就任 |
1989年 |
社長就任 |
2001年 |
本田宏社長就任に伴い相談役となる。 |
2003年 |
長年の医療用機械器具製造販売業の発展に尽力し、その功績が認められ、黄綬褒章を受章 |
業績概要
輸入に頼ってきた医学用音叉の国産化に成功
ドイツに代表される輸入品の音叉しかない時代に、鉄に特定の温度で焼き入れをすることによる国産化に成功。特に材料においてもS45Cの炭素鋼が最も適切であることを突き止めるなど、輸入品と対抗できる国産音叉の製作技術を生み出した。
原器音叉の製作と世界最高の高精度化に成功
良質な音叉を量産するには調製用の原器が必要である。恒温(昔は15℃、現在は20℃)での±0.05Hzという超精密音叉の試作に成功し、これを原器に量産でも±0.1Hzという高精度の生産に成功。このレベルは「ニチオン」のブランドに恥じない精密音叉として世界中から信頼されている。
音叉の多用途開発に自ら挑戦
音叉と言えば音楽用途が一般的で、最大市場は医療用途であると言われているが、ヒーリング用途、アクセサリー用途、マッサージ用途等、広範な用途開発・商品化に自ら取り組んでいる。
音叉研究への情熱と実践へのたゆまない努力
最終工程での「調音・調整」は自らが携わることと、後進への指導を怠らず、音叉の研究に於いては「日本音叉研究所・所長」としてその情熱は衰えを知らない。
黄綬褒章授与される
平成15年度にこれまでの業績が評価され「黄綬褒章」を授与された。